肩こりということ

簡単に「肩こり」と呼ぶ症状。最初にこの言葉を使い始めたのは夏目漱石だとか。つまり起源はさほど古くない。では、それまでは「肩こり」という現象はなかったのか。もちろんそんなはずはない。外国人には「肩こり」がないという説があるが、そんなことはない。西洋人のお客が来たことがあるが、ひどい「肩こり」だった。

何を「肩こり」というか、と詳しいことを追求すると難しくなるけれど、要するに「頸の両側が硬くなって違和感や痛みがある現象」としておこう。なぜ、頸の両側に違和感が出るか。

「肩こり」のしている人の背中を見ると、どうなっているか。そこに共通点がある。背中が平らでない。どういうことかを説明しよう。その人を椅子に坐らせて、後ろから背中を観察する。すると、背中の両側の盛り上がりが等しくない。必ず、左右どちらかが盛り上がっている。下から上まで盛り上がっているわけではなくても、骨盤の左右で差があるとか、肩甲骨のあたりで盛り上がり方が左右で違うとか。

ひどい場合には、片方にはっきりとした盛り上がりがある人もいる。こういう人では、肩こりがひどい。中に、「全然肩はこりません」という人もいるが、こういう人は逆に凝りがひどい状態になっている。凝りすぎて感じないという状態になっているかもしれない。

要するに、「肩こり」という現象は、背中が捻れているために、頸の両側に筋肉の引っ張り差が発生しているという現象だといえば、わかりやすい。

そうすると、この捻れ現象を解消することができれば、肩こりが解消するはずだ。(続く)

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調身について

「調身、調息、調心」は禅宗で使われる標語。「調身」を訓読みすると、「身を調える」となって、「整体」と同じだ。「整体」という用語は使われすぎて、マッサージの同意語のような表現になってしまった。そこで、「整体」の代わりに「調身」に変えてみたいと考えた。

「調身、調息、調心」という順序には意味があって、「身」を調えるのに「息」を調える、という方法があり、これを実行すると「心」が調う。

「身」と「体」とではどう違うか。「身」という場合、「身の処し方」とか「身のおきどころ」、「身づくろい」などという表現から分かるように、物質としての「からだ」という意味だけでなく、社会的な存在としての「からだ」という意味が含まれている。これに対して「体」は、英語の body と同じく、もともとは「なきがら」の意味があったらしい。要するに物質としての身体という意味を表している。

整体の操法をして調えるのは、決して物質としての身体ではなく、社会的な存在としての身体であるから、「整体」というより「調身」という表現の方がより実際に近い。

そこで朱鯨亭としては、「調身」という言葉を使いたいという希望を持っている。ただ、「調身」では一般の人々に通りがわるいので、ある程度は併用するのも止むをえないと考える。

プロフィール

名前 別所愉庵(べっしょ・ゆあん) これはペンネームです。

ホームページ http://shugeitei.com/

誕生日 1947年7月30日 獅子座

先祖の地 兵庫県三木市 (ここの戦国武将・別所長治の家系が先祖ということになっています)

生まれた頃の住所 大阪市阿倍野区

子どもの頃の住所 神戸市灘区

青年の頃の住所 京都市左京区

現住所 奈良市東紀寺町
今まで13回引っ越しをしています。葛飾北齋の生涯93回には到底かないません。

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