第940号 2016年12月27日
▼ 靴はからだに悪い
愛知県刈谷市から来られた 50 代の男性 K さん。前回単独でこられた奥様にひっぱられての来訪。
まず、奥様が来られて効果を感じ、続いてご主人が来られるというのは、よくあること。逆は少ない。こういうところにも、女性の積極性が伺えます。
聞いてみると、右手の親指から前腕にかけてひっかかりを感じ、痛むという。触ってみると、手首のあたりが妙に硬い。
硬いというより、ほとんど動いていない感じです。このごろ流行りの表現を使えば、ほぼほぼ動かない。
まずは定石どおり親指から始めます。親指の MP 関節(付け根の関節)が硬く固まっている。ただ、それだけではなく、IP 関節(指先側の関節)も硬く、そのあいだ・指節間の甲側も固まっています。
これはずいぶんひどいことになっているな、と思いながらとりかかります。
と言っても、硬いところをじっと持っているだけですが。これが最近の私の操法スタイル。ごちゃごちゃと色々やらず、じっと持っているだけの方が簡単だし効果もよい、と感じられます。
そうやって数分たち親指は少し緩んで来たものの、動きがあまりない。これ以上続けても、効果はたかが知れています。方向を変えて、手首にかかるとしよう。
手首の操法の対象は下橈尺関節です。つまり、手首の橈側・尺側にある二つのグリグリ、言ってみれば手のくるぶし二つ。茎状突起と呼ばれる二つのグリグリを両手で軽く押さえて、掌側・甲側に動かしてみる。
柔らかな手首であれば、どちらにも動くものですが、固くなっていると一方には動きません。そこで、動く方向に軽く動かして、持続するというのが普通のスタイル、つまり誇張法です。
ところがKさんの手首はまったくどちらにも動かない。重い症状です。動かないものを無理に動かすのは賢くないので、二つのグリグリを軽く持って、そのまま持続することにしました。こんなことはしたことがありません。しかし、この場合やむをえない。
── ずいぶん硬くなっていますが、どうされたんですか。
── 犬と遊んでいる時に引っ張られて。
── ああ、なるほど。
二つの茎状突起を押さえて、じっとしていると、やがて手首がカクッと内側へ捻れて来ました。何度もそういう現象が続きます。何十秒かに一度カクッ、カクッと動く。これは手首が外へ捻れていたのが内へ戻ってくるわけでしょう。
というと、腕はもともと内へ捻れているんじゃないのか。逆ではないのか、と考える人もいるに違いない。からだの関節は、どちら向きに捻れるのか、という問題は難しい点を含んでいます。
機械的に原則通りで何でも考える人は。よく言われるように、この関節はこちら向き、その関節はあちら向きと、原則どおりでいいのかもしれないが、私は、そういう原則どおりに考えることのできない人間で、一から自分で納得できる考え方をしないと満足できません。
そこで、この点の確認は、今後の課題として残しておきたい。私の脳の中の整理箱には、この種の課題がおもちゃ箱のように雑多に詰まっていまして、その中からいつも何かの課題を引き出して考えています。
K さんの手首に話しを戻します。次にどうするかを考えなければなりません。足首にこれと似た現象を見ることはありますが、普通は、このような動きをみることは手首ではありません。K さんの手首には前腕を捻るような力がどこからか働いているに違いない。
どこにそんな力が働いているのか。考えられるのは、足でしょう。足から捻れが腕にまで昇って来ているとは考えられないだろうか。足首、特に距骨周辺には、全身を支配する何かがある。
── 足首がおかしいのではありませんか。
── はい、右足首は、若い時に捻ったことがありました。ハンドボールをしていて、足首を踏みつけられ、足首が直角に回ってしまったんです。直後には、切断しなくてはならないかもしれない、と言われたこともありました。
── なるほど、そんなことがありましたか。それが手首に影響を与えているような気がします。足から引っ張られて上部がおかしくなっていることは、よくあるんですよ。
足首をみると、そんな酷い事故があったことを伺わせる痕跡は残っていませんでした。普通より少し硬い程度。しかし足指を触ってみると、かなり浮き指です。
── 靴に問題がありそうに思いますが、いつもどんな靴を履いていらっしゃいますか。
── 紐のないタイプ、スポッと履ける靴です。
やはり靴に問題がありそうです。そのことを告げると、K さんも、うすうす靴が問題だと感じていたのでしょう。すぐに靴を変えます。とおっしゃる。
というわけで、手首を対象にやっていたのに、足の問題に変ってしまいました。手と足が繋がっているというのは、私が直感的に感じたことですが、K さんも密かに感じておられたらしい。
K さんの例は、かなり珍しい例ですが、一般論として拡大できるかもしれません。つまり、手首の捻れがある人は、足にも問題があり、靴を再検討する必要がある、と。あるいは、もっと拡大して、【からだのどこかに問題のある人は、足にも問題があり、履物を再検討する必要がある】。
私たちは、手首を傷めると、手の使い方に問題があったと考え、膝を傷めると、足や歩き方に問題があると考えるのに慣れていますが、ひょっとすると、そうではなく、すべて靴に問題があるのかもしれません。
しばらく趾(あしゆび)の一つ一つに愉気をしてみました。すると、手首の動きが出なくなりました。やはり足から何らかの力が働いていたと思われます。
それほど靴の問題は大きい。「靴はからだに悪い」という名言もあります。せめてぐすぐすの靴は止め、紐をしっかり結ぶ努力くらいはしたいものです。