897 手の指が痛い

第897号 2016年5月22日
▼  手の指が痛い

Sさんは、県内の某研究施設で、研究活動をされている中年男性。手を使ってけっこう力をかけることがあるそうです。

そのためか、時々あちこち痛くなって、いらっしゃいます。今回は、手の指が痛いという訴えでした。

ところが普通の指の痛みとは様子が違います。たいていは関節のズレで痛くなるのですが、関節ではなく、関節と関節のあいだの甲側が痛いという。

初めどこから取り組めばいいかと思案をしました。甲側が痛いとすれば、小さいながらも伸筋(しんきん)があるはずです。

筋肉には伸筋(しんきん)と屈筋(くっきん)の区別があり、上腕の力こぶは屈筋の代表選手です。つまり肘を曲げる(屈曲する)時に働きますね。一方、上腕の後ろにある上腕三頭筋(じょうわんさんとうきん)は伸筋で、肘を伸ばす(伸展する)時にはたらきます。

指の甲側(爪側)に存在している伸筋は、指の関節を伸展する時に働きます。Sさんの手の指でも、とくに拇指(ぼし)つまり親指が痛いと言われる。痛いだけでなく、拇指の動きがおかしいとも。確かにカクカクとぎこちない動きです。

そこで、伸筋のあるところに愉気をしてみることにしました。

その前に腕の異常を治すときの鉄則を。それは橈骨の下がりを修正すること。これを忘れてはなりません。橈骨の上端と下端に指をあてて、そっと微圧をかけます。これで橈骨がいくぶん上がり、拇指の付け根の圧迫が除去されたはずです。手や肩も含め、腕のどこかに異常がある時は、必ず、この操法を最初に行います。

それから異常箇所の対処にかかると、うまく行きやすい。

というわけで、指の伸筋の愉気にかかりました。確かに触りごこちが硬い。ふわっとした感触ではありません。その硬いところに愉気を続けます。数分も続けたでしょうか。様子をみてもらうと、かなり痛みがとれたらしい。

── 「かなり」 というのは、まだ 「少し痛い」 という意味ですか。
──もうほとんど痛くありません。
── 「ほとんど」 というのは、まだ 「痛みがうっすら残っている」 という意味ですか。

われながら 「しつこい」 と思われるほど質問します。こうしないと曖昧な状態で終わると、再発してしまうことがありますから、確認の作業は 「しつこい」 くらいでちょうどいいと、いつも思います。「痛くないでしょ」 と誘導尋問をする操者はあまり感心できません。

両手とも同じところが痛いそうなので、反対側の手も同じようにします。

これで両手の指の痛みが改善しました。ここで、感想。

親指を反らせると、ぐっと思い切り反る人がいますが、あれは、拇指の伸筋が縮んでいるか、硬くなっているのだと思います。反るのが嫌だという人は、拇指の伸筋に愉気をしてみれば、反りが弱くなるのではないでしょうか。

856 スギナの効用(続)

路地裏の整体術 第856号 2015年12月2日
▼ スギナの効用(続)

昨日の記事にも書いたように、東城百合子とはまったく別の角度からスギナについて考察している人がいます。ルドルフ・シュタイナーです。

──例として、腎臓を取り上げましょう。何らかの症状から、病気の経過の主な原因が腎臓にあると思われるとします。精神科学を診断に用いると、この腎臓が周囲の消化プロセスと分泌プロセスを感覚する器官としてはほとんど働いていない、ということが分かります。腎臓があまりにも代謝器官になりすぎていて、均衡が崩れているのです。そのような場合、私たちはなによりも、「どのようにして、この腎臓をもっと感覚器官にしようか」と考える必要があります。「腎臓が十分に消化プロセスと分泌プロセスのための感覚器官になっていないことを示しているので、珪酸を必要なだけ腎臓に与えねばならない」と、私たちは言うことができます。(60ページ)

シュタイナーのものの言い方には、独特の言い回しがありますので、分かりにくいかもしれません。でも、スギナ茶を飲み続けた現在までに感じるのは、丹田のあたりの内部感覚が以前より鋭くなったことです。

自分にとって好ましくない波動がやってくると、丹田のあたりが冷たく感じるようになりました。その反対の場合には、丹田が暖かく感じます。この感覚は何なのか、と考えていたのですけれど、シュタイナーの上の文章を読むと、なるほど、と納得できます。腎臓の感覚が鋭くなった結果、丹田にそのような感覚が出てくるようになったのでしょう。

次に出てくる文章を引用します。

──特に腎臓において珪酸プロセスを刺激することが必要です。周囲の植物界に薬を探すと、珪酸を多量に含むスギナが見出されます。単に珪酸を摂取しても腎臓に達しません。スギナはその他に硫酸塩を含んでいます。硫酸塩を用いると、リズム系・分泌器官、特に腎臓に作用します。スギナの硫酸塩は、珪酸が腎臓に左右しやすくします。(62ページ)

以上、出典は次の本からです。

『シュタイナー<からだの不思議>を語る』(西川隆範・訳、イザラ書房)

(この本を読んでみようと思われる人は、シュタイナーの他の本をいくつか読んで、その文章の癖に慣れることが必要です)

まったく別の関心から読んだ東城百合子とルドルフ・シュタイナーが、ここでスギナを通して一つにまとまりました。まことに「不思議」を感じます。

それにしても腎臓が感覚器官であるとは、今の今まで知りませんでした。からだの不思議には、本当に限りがありません。

835 踵正坐(四論)

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▼ 路地裏の整体術 第835号 2015年8月31日
▼ 踵正坐(四論)

踵正坐の効果について、滋賀県在住のMさんから詳しいお便りをいただいたので、ご紹介します。

その前に、踵正坐の復習。詳しい方法などについては、金聖一『朝30秒の正座で腰痛が治る』(ダイヤモンド社、2013年)をご覧ください。ただし、この方法は金さんの独創というわけではなく、他にも野口整体の一部など少しずつちがったやり方をしている人がいるようです。

要するに、左右の踵をくっつけて、その上にお尻を載せるやり方ですが、始めたばかりの人は、足首が痛くて、うまくできないかもしれません。朝30秒間だけ、少しずつやっていると、だんだん楽にできるようになってきます。痛すぎてできない人は、本を参照してタオルを使う方法を学んでください。

さて、Mさんのお便りから。

──先日、一緒に働いている子が、腰が痛くて朝起き上がれないといってて、その日店でもしゃがむ時に壁に手をつきながらゆーっくりしゃがんでいたので、試しに朝おきたら踵をくっつけて正坐してみーとゆってたら即 実行したらしく、2日後店に来たときは、「あんなに痛かったのがうそのよう~!!」と、すっかり治ったらしいです。やっぱりかなり簡単だけど、効き目はかなりありそうですね。

──そして、うちの姉はなかなかゆうことをきかないので[効果があると認めようとしない──編者注]、一人目がなおったらしいでといった時もまだ信じず、あれをやったらほかのところが痛くなった、といってまじめにやっていないようでしたが、、しかし痛みは訴える。。そして二人目も治ったでといったときは黙っていましたが、そのまま数日が過ぎて、今度は胃の調子が悪くなったらしく痛い痛いとこれまた訴えてきてました。。。。
そういえば腰痛の方は何も最近ゆわへんなとおもっていたら、先日、「あれはやっぱりけっこう効くみたいやわ」とぽつっとゆってきました。だまってやっていたのか、効き目があったようです。どうも意識がほかに移ったのと、踵正坐のおかげでだいぶよくなったとおもわれます。うちの姉が認めるのはかなりすごいですよ(笑)

私自身は、何度もやってみて、数分間坐ることもできるようになっています。痛くて坐れないと訴える人は、前頚骨筋の拘縮がきついのではないかと思います。この筋肉の腱が足の甲のところを通っていますが、これが痛むようです。

Mさんのような日常的なお話で結構ですので、色々と効果を教えていただければ、他の人の参考にもなります。どんな操法でも、効果の確認ができないと、みんなが使えるようになりません。皆さん、お知らせをどうぞ、よろしく。

効果がなかったとか、逆効果だったという報告も貴重ですから、よろしく。ただ、そういう場合は、その人の独自な身体の状況があるはずですので、それもお書き添えいただければ、ありがたいですね。

830 ナンバ歩き(三)

路地裏の整体術 第830号 2015年8月16日
▼ ナンバ歩き(三)

昔の人々のからだの使い方を見るのに最適の本があります。

葛飾北齋『北齋漫画』(芸艸堂、2007年)

この他にも文庫本も出ています。(青幻舎、2014年)

私の持っているのは前者です。

人の歩く姿を探して見るのですが、ぶらぶらと何も持たずに歩いている姿がほとんど見当たりません。歩いている人は、多くが肩に何かを担いでいるか、手に何かを持っています。つまり、歩いていても、ほとんどの人が何かの仕事の一部として歩いています。飛脚とか、駕籠かき等もいます。

これは北齋が、そういう姿に興味を持ったからだ、とも言えるでしょうが、今の人々が歩く姿と比べると、随分と違うなと感じます。歩くことが仕事と一体になっていたといえばいいでしょうか。北齋を探しても、歩く姿がありませんので、今度は広重の版画をみてみました。

東海銀行創立50周年記念『風景版画の巨匠 広重』(1991年、非売品)

という画集に「東海道五十三次」などが網羅されています。

ここには歩く人の姿が多数見られます。隷書版五十三次の「日本橋」に江戸は日本橋を渡る人々の姿がたくさん描かれていて、興味を唆られます。ただし、ここでも、腕をぶらぶらと何も持たずに歩いている姿がほとんどありません。

武士が二人並んで歩いていて、手前を行く武士は腕と脚が同時に前に出ているように見えます。ようするに、ナンバ歩きをしていると見えます。何も持たず歩いているのは、中央付近をあるいている僧侶、しかし、この人は手がころもの中に隠れていて、腕を振っている様子はありません。

他は、天秤棒を担いでマグロか何か大きな魚を運んでいる男、風呂敷を背に、お使いにでも行く様子の丁稚風の若い男、振り分け荷物を肩にした旅人、桶を担いで行く鉢巻すがたの職人、数人かたまって行く若い女性集団、彼女たちは、いずれも袖の中に手が隠れていて、腕を振っている様子はありません。

こんな風で、どの人を見ても今風に腕を振って歩いている人は一人もいません。北齋と同じで、すべて働いている人達のように見えます。用もないのに、街の中をぶらぶら歩くという習慣がなかったと思われます。時代劇などに、通りをぶらぶら歩いている人達の姿が出てきますが、あれは、史実とは違っているのではなかろうか。

朱鯨亭のお客様で、山間部から来られた女性に、おたくの近くだったら歩けるところがたくさんあるでしょう、と尋ねたところ、うちの近くを一人で歩いていると、あの人は「おかしい」と言われるとおっしゃったのが妙に記憶に残っていますが、江戸時代もそうだったのかもしれません。

要するに現代とは、歩く文化がまったく違っていたと思われます。仕事や職業のあり方もまったく違っていたでしょう。衣服の違いもありますし、今の観点から、それをどうこうと言ってみても仕方がない、という気がします。

江戸の日本橋を歩いている人達の共通点は何か。腕を大きく振って歩いている人がいないという点ですね。

それから全体に杖をついている人が今より少ない。老人が少ないということもあるでしょうが、ナンバ歩きを続けていると、膝がよくなって来たという報告もあります。身体を捻らないため、膝に故障を起こしにくいのかもしれません。

◆ナンバ歩きをしている人からのご意見
──一度大阪で講習を受けバネ指をその場で治して頂きました。それから体と
良く向き合うようになりました。ナンバ歩きは何年も前に古武術で普段役に
立つ本の中に書いてました。それから仕事には意識して階段の上り降りにし
ています。凄く楽になりました。ガスメーターの検針をしていますが、夏は
特にやくにたっています。会社で言うのですがみんな難しいので出来ません!
説明が下手なのでしょうね? 年を重ねた人にもっと広まれば良いといつも
思っています。

827 またムドラー

路地裏の整体術 第827号 2015年8月4日
▼ またムドラー

またか、とお思いでしょうが、再びムドラーの話題です。日本語でいうと「印相」ということになるでしょう。手で何か意味のある形をとって、ジッとしていること。仏さまが胸の前で手を一定の形に組んでいるようなのが、ムドラーです。ヨーガの世界では別の意味で使われることもあるようですが、ここでは「印相」という意味で使います。

この前の肩ムドラーには、効果があったというご報告をいくつかいただきました。ただ、お断りしておかねばなりませんが、慢性化して、かちかちになってしまっている症状に対しては、あまり効果が期待できないかもしれません。あくまで近ごろすこしおかしいな、という程の症状に対して効果が期待できるということで、毎日、「寝床体操」をしている人などには大した効果が現れないと思われます。

インドのヒーラー、チャクラバルティさんが『聖なる旅路』の中で取り上げている本格的なムドラーの場合は、1日のうちに時間にして45分続けるということになっています。あるいは30分を2回でもいいそうですが、私がここで取り上げているムドラーは、そんなに長い時間続けなくても、効果があると思います。

さて、今回のムドラーは「またムドラー」つまり、股関節のムドラーです。立ち上がった時、歩き出した時に、あ、股関節がおかしいな、という程度の時に試してみてください。

身体全体と手の共鳴関係でいうと、股関節は小指の付け根にあたります。小指の付け根のMP関節(第3関節)の骨のところに、親指の先を当てます。その状態でしばらく歩いてみればよろしい。しばらくすると、股関節の違和感が解消しているでしょう。

ですから、この前の「肩ムドラー」との違いは、相手の指が薬指か小指かという違いだけです。このような関係を見つけ出せば、自分で新しいムドラーを見つけ出すこともできるでしょう。

皆さんの工夫をお待ちしております。

★スマホの問題について次のようなお便りを欧州在住の方から頂いています。

──スマホ の電磁波の危険性が日本語版ウィキに載っていない、というのは興味深いですね。もう10年前になりますが、フランスでは、12歳未満の子供の携帯電話の使用は禁じられていることを知りました。それから、電話会社社員の医療保険掛け金は一般より高く設定されていることも。フランスでは、電磁波の影響を真剣にうけとめていることはショックでした。

826 坐骨神経痛と手首の深い関係

路地裏の整体術 第826号 2015年8月2日
▼ 坐骨神経痛と手首の深い関係

古い友人からの紹介で来られたFさん。「坐骨神経痛」というありがたくない診断名を頂戴しているそうです。この病名の人は厄介なことが多い。医学界の正式見解では、この病気は、坐骨神経の障害ということになっているわけです。

しかしながら、実のところは脚に問題があることが多い。それだけではなく、臀部の筋肉の状態などもからんでいるので、どこの操法家も迷う症状ではないかと思います。

このメルマガでも、最近これに関連した記事を何度か書いています。例えば、第785号「坐骨神経痛という症状」、第792号「身体はどう捻れるか」、第803号「手をついた」などです。

Fさんが初めて来られた時は、脚を主に操法しました。それで痛くないという状態に辿り着いたのですけれど、2回めに来られた時には、完全に戻っているらしい状態でした。

そこで、この日は違った操法と取り組んでみようと思いました。そのヒントになるのは、第803号「手をついた」。この記事にある状況では、腰椎5番が手首の操法で変化したという不思議なといっていいほど、離れた関係でした。早速Fさんに尋ねてみると、手をついたことがあるらしい。そこで、手首を操法すれば腰が変化するはずだ、すると「坐骨神経痛」の症状も変化するかもしれない、とこんな推論だったわけです。

私は、時々こういう大胆な推論に基いて操法することがあります。言ってみると、ある種の賭けともいえますが、平凡な操法をしていたのでは、変化しないとなれば、ある種の賭けも必要になります。ダメ元でやってみる。まあされる方は、えらい災難ですが、うまく行くかもしれないので、災難だとも限らない。

手首の操法は、第803号に書いておきましたので、そちらを参照してください。要するに一言でいえば、手首の捻れを取る操法を行ったことになります。

ただ、この操法は自分ではやりにくい、だれかにやってもらわないと難しい。ですから、ここでは自分でやるやり方を書いておきます。

手首のところにグリグリが二つありますね。親指側の「橈骨茎状突起」と小指側の「尺骨茎状突起」です。それぞれの突起の一番飛び出しているところに、反対側の手の親指と人差指をそっと当てて、二つの突起の頂上の皮膚を内側へ(親指側へ)捻る方向にわずかに捻じります。そのまま数分間、じっとしているだけでよろしい。これで、手首の内ねじれが改善してくれます。

実際に私がFさんに施した操法は、下橈尺関節をそっと捻る方法でした。でも、上に書いた自己操法でも同じ効果が得られるはずです。確認のため腰椎5番を強めに押さえてみました。すると痛くない、とのこと。

これで手首の操法が奏功しているはずです。「どうぞ、立ってみてください。」とFさんに立ってもらった。すると、お尻の痛みが消えているんだそうです。不思議なことに坐骨神経痛の痛みが、手首の簡単操作だけで消えてしまった。

私も、ここまでの効果があるとは思っていませんでした。賭けでしたから。

その後、「これで終わりにすると、不安になるでしょうね」とFさんに尋ねた。そうですね。ということだったので、1週間ほど後で来て貰う予定にしました。それが本日だったのですが、刻限が来ても、Fさんは来られない。電話をかけてみますと、寝過ごしたんだそうです。調子はとお聞きしてみると、良いと言われるので、それなら、しばらく様子を見てください、と言って電話を切った。

具合が悪ければ、人は決して忘れたりしません。だいぶよくなっているのだと思われます。早とちりの癖のある人に言っておきたいのは、この操法がすべての坐骨神経痛に効くと主張しているわけではないことです。「坐骨神経痛」と言われた人の中に、この操法で助かる人もいるんじゃないだろうか、という話です。

坐骨神経痛のある人で、手首を傷めたことがある人は、試してみてください。もし、これで改善したという人がいれば、詳しい状況を知らせてくださると、皆が助かります。

823 踵正坐・再論

路地裏の整体術 第823号 2015年7月29日
▼ 踵正坐・再論

いま、奈良国立博物館で「白鳳」展が開かれています。自宅から歩いて行ける距離にありますので、昨日、出かけました。白鳳時代の仏像・仏具などが煌星のように集められ、国宝・重文級の作品がひしめいているのは、壮観でした。

一例として、現在修理中の薬師寺東塔の相輪や水煙が目の前で見られるんです。レプリカを展示してあるところがあるかもしれませんが、実物を目の前で見る機会はもうないでしょう。修理の終わった東塔によじ登りでもしなければね。

博物館や美術館にいると、作品の前でじっと立っているわけです。すると次第に疲れて来ます。さっさと歩いている時とは違った疲れで、休憩席があると、よっこらしょと腰をおろしたくなります。

一巡して、玄関の椅子に坐ったので、ここで踵正坐をしてみようと思いました。背もたれのない椅子なので、ちょうど具合がよい。踵正坐そのものは、何度もやっているので、いまさらという感じもあるのですが、ともかくやってみよう。

一昨日に山口のNさんから電話をいただき、以前、腰椎1番が出っ張っていたので、「これは老化だと言われましたね、だけど、踵正坐をすると凹んできました」というご意見を聞かせてもらったので、どんなことになるか、と興味もあって、やってみる気になったわけです。こんな風にご意見をくださる方は、大変ありがたい存在です。

この頃では、Nさんに「老化だ」と言い放った私自身の腰椎1番が出っ張って来ています。これはまずい。という思いもありました。
で、踵正坐をしてみると、とても痛くで坐れません。普段から時々これをするようにしていますので、痛くて坐れないということはなかったのですが、それが坐れない。立っているうちに踵の周辺が歪んで来たということでしょう。

とすると、立ち仕事の人は、大変ですね。常に歪みの要因を抱えていることになりますから。立ち方が真っ直ぐなら問題ないか、と言えば、それはそうだとしても、そんなに常に気を付けて真直ぐに立っていられるか、という話しです。

以前から、立ち仕事の人におかしな歪みが多いなと思っていましたが、立ったままでじっとしているのは、かなり歪みを起こす原因になっているのでしょう。博物館で立っているのは、立ち仕事のうちに入るようです。

博物館の椅子の上で痛くても、踵正坐を続けてみました。すると、次第に痛みが和らいできました。踵まわりの歪みが修正されて来たということでしょう。立って歩いてみると、さきほどのような重さがなく、さっさと歩けます。

この踵正坐を提唱している金聖一さんの『朝30秒の正座で腰痛が治る』という本によれば、いくつかの注意点があるようです。本の題名にあるように「朝」にやる方が効果が上がること。寝る前にすると、交感神経を刺激して眠りが浅くなる、という点です。

もう一つは、毎日すること。もちろん朝に、です。改善例として上がっている症状にどんなものがあるか。まず腰痛。ヘルニアやギックリ腰、O脚、尿漏れ、膝痛、肥満、などが上がっています。確かにこのような効果があるかどうか、確かめたわけではありませんが、足首が変わると、このような効果があっても不思議ではないといえます。

どうしても痛くて出来ない人には、タオルを使ってやる方法が本書に紹介されていますので、そちらをお読みください。30秒となっていますが、慣れると、数分連続で坐っても痛みなく坐ることが可能です。

で、私の腰椎1番は、どうなったか。いまのところ大きく改善されたわけではありませんが、少し出っ張り具合がマシになってきています。毎朝つづけるのが楽しみになってきました。