毒出し法【その後】

路地裏の整体術 第778号 2015年2月28日
▼ 毒出し法・その後

先日、本誌で取り上げた「毒出し法」について三名の方からご意見を伺いまし
たので、ご紹介します。

【1】Mさん(東京都在住)この前の「小指と薬指の間にペンを挟む」という
方法を読みまして、以前お世話になった京都の先生のことを久しぶりに思い出
しました。http://yasuda-iin.jp/feature/#book
凝っている側の小指を丸めてティッシュ等を握っているとコリが取れる、また
歩きながら行うのも良い、とのことで歩きながら小指と薬指の間に(ペンでは
痛いので)ハンカチを折ったものを持っているとバランスが良くなる感覚があ
ります。(その時々で左右を変えます)

▼なるほど、ペンのような硬いものでなく、ティッシュやハンカチのような
柔らかいものを挟むとよい、というご意見ですね。これは試してみましょう。
ついでにこの安田先生のやり方は面白い。「ホムンクルス」という小人を身体
のあちこちに見つけて、それを使おうという「共鳴法」と同じ発想法です。
これも参考にさせていただきたいと思います。

【2】Nさん(山口県在住)(電話で)クルクル回す代わりに、毒出し点を
ぐっと指で押えると、上の方まで効いてくる。足の毒出しをすると、股関節の
辺りまで効いてきます。こんなポイントをよく見つけたものだ。

▼これは上記Mさんが「軟」派とすれば「硬」派というべきでしょうか。経穴
もそうですね。古代中国の人たちは、よくあれだけ(361穴 とかいいますね)
のものを組織的に発見したものだ、と感心します。「奇穴」という登録されて
いる経穴以外のポイントも色々とあるみたいで、これからも色々な新穴が出て
来るのかもしれません。

【3】Kさん(奈良県在住)(からだほぐし教室の発言から)教室で前回、
肩の高さが揃ったという方から──一週間後に、今でも効き目があるようで、
肩が揃ったままでした

▼このように、色々な方面からご意見をいただくと、非常に参考になります。
自分ひとりで試してみるのには限界がありますから。自分の身体だけで試して
結論づけてしまうのは、危険でもあります。これからも、小さな気付きも歓迎
しますので、何なりとご意見を送っていただけると、ありがたい。

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毒出し法【続】

路地裏の整体術 第775号 2015年2月21日
▼ 毒出し法【続】

先日のペンを指の間に挟んでおくという操法の続きです。一昨日の「からだ
ほぐし教室」で試してもらいました。肩の高さを較べて、明らかに左右差の
ある男性二人に白板マーカーを指の間に挟んでじっとしていてもらいました。
しばらくそのままにして、少し時間が経ってから肩をみると、お二人とも、
肩の高さが揃っていました。

肩の左右差があるのは高いほうの肩に緊張がある証拠です。そちらの指に細
工を施したわけです。その結果、肩の緊張が緩み、肩の付近に滞留していた
疲労物質が流れ去ったのでしょう。なぜ、そんな効果が出るのかは不明です。
また、この操法で肩の高さが必ず揃うと保障できるものでもありませんが、
ダメ元で試してみる価値はあります。

毒出し法

路地裏の整体術 第774号 2015年2月19日
▼ 毒出し法

「毒出し法」というものが、色々な人によって唱えられています。でも面倒な
ものが多い、というのが正直なところです。例えば、エドガー・ケーシーさん
というアメリカ人のヒーラー(といえばいいのか見者といえば正確なのか)が
ヒマシ油の湿布を使うことを繰り返し提唱しています。絶大な効果ということ
です。

昔わたしもやってみようとしたことがあるのですが、温熱器を使うとか、ネル
に油を塗りつけるとか、慣れればどうということもなく、絶大な効果があるの
でしょうが、どうも面倒で止めてしまいました。(これはケーシー療法を実施
している方々を批判しているのではなく、ただものぐさな自分を批判している
だけです)

「毒出し」という考え方は分かりやすい。身体のあちこちに、特に関節の周り
にいろいろな疲労物質がたまりやすい。それが簡単に出ていってくれるのなら、
そんなありがたいことはありません。この前に書いたのは、中川式の毒出し法
でした。薬指と小指のあいだを指圧棒でグルグルと刺激するだけですから、さ
ほど面倒だとは思いませんが、からだほぐし教室の参加者Tさんには面倒だと
感じられたのでしょう。
http://www005.upp.so-net.ne.jp/nakagawa/ に毒出し法の写真があります。

グルグルやらなくても、薬指と小指をもって、日本の指(趾)を開いておれば、
効果があるのではないか、と質問された。そういわれても私は、そんなことを
したことがありませんから、なんとも答えようがなかったのです。でも試して
みようと思いました。私は根がものぐさですので、日本の指を開いているのも
面倒くさい。代わりに二本の手指の間に、太めのマジックペンを挟んでジッと
することにしました。違和感のあるところを指圧棒でゴシゴシ擦ることも不要
です。

この前から、右肩に少々違和感があるので、これが何とかなるかもしれない、
と思ったわけです。

やってみると、

効果満点。数分間ペンを挟んでいるだけで違和感は消失し、ごりごりいう音も
消えました。何とも不思議な操法ですが、確かに効果があります。肩が痛い、
肩が動かない、と悩んでいる方、お試し下さい。効果があれば、メールで教え
て下さるとありがたい。ぜひよろしくお願いいたします。まったく効果がない
という方も、お知らせくださるとありがたいです。

膝ががくがく

路地裏の整体術 第777号 2015年2月22日
▼ 膝ががくがく

武道の世界に「見取り稽古」という言葉があるそうです。
「日本事典」というサイトに「見取り稽古」の項目があり、次のように書かれ
ています。http://www.nihonjiten.com/data/42044.html

──ほかの人の稽古や試合を見て学ぶこと。優れた技や剣風、あるいは一本
を評価できる「眼」も重要な技能であり、見取り稽古はその意味でも重要で
ある。

この「見取り稽古」ほど役に立つ稽古はないと言っても間違いないでしょう。
順序を踏んだ講習にも、もちろん意味はあるけれど、どこがどう悪いのか見当
もつかない人に操法しながら、どこに根本原因があるかを探りだしていく過程
は、一人ひとりで違うだけに、簡単にマニュアル化して伝えることができません。
具体的な過程の中で立ち現れる操法の順序や、どんな操法を選ぶか、とい
った点を学ぶには「見取り稽古」しかない、と言えるでしょう。

さて、最近、操法を受けに来る人は難しい症状の人がじつに多い。こんな症状
をどう扱えば解決するのか、と頭を抱えそうになる人が多数来られます。簡単
な腰痛の人など骨法で一発というケースも多いのですが、どういうわけか殆ど
そういう人は来られなくなりました。

難しい症状の人では、どこに根本原因があるかを探り当てることが大きな課題
です。場合によっては、何度か操法を繰り返して、やっと根本原因に迫ること
ができる人もいます。今回、タイトルに掲げたNさんという男性も、そのよう
な方の一人でした。

見学する立場からすれば、難しい人ほど見応え(?)があるに違いない。初め
にN氏がおっしゃった症状を上げておきましょう。

──立ち上がる時に立ちくらみのような目まいがする。じっと立っている
と、膝ががくがくして、場合によってはグルグル回る目まいになり、救急
車で運ばれたこともある。そのため通勤電車で立っていることができず、
朝早くの空いている電車で坐って通勤する。歩くには問題がない。

この人の操法にSさんという武道をしている人が見学にこられた。この症例
をどうすれば解決に向かうか。              (続く)

生姜の薬効

路地裏の整体術 第772号 2015年1月30日
▼ 生姜の薬効

この頃「しょうが」が流行らしくて、雑誌の記事なども見かけるようになり
ました。しょうがは身体を温めるという薬効が注目されているからでしょう
が、少し注意が必要です。この話題は「からだほぐし教室」で出たものです。

確かに「しょうが」は漢方薬の成分でもあり、多くの漢方薬に「しょうが」
が含まれているようです。

山下弘『漢方薬全書』(緑樹出版)の一部を引用してみます。

──乾姜(乾生姜)しょうがの根を乾かしたものであるが、乾姜という
場合は、ヒネショウガの根を芋を洗う時のように水の中で洗って表皮を
取り、それからしばらく熱湯で煮た上で日で乾かしたものである。
大体しょうがは漢方薬にとって非常に多方面に使用されているが、そ
の中の乾姜は熱性興奮剤であって、新陳代謝を活発にし、冷え、嘔吐、
せき、めまい、腹痛などに効果がある。

これに対し、ウィキペディアでは次のようになっています。

──表面の皮を取り去り、蒸して乾燥させたものは乾姜(かんきょう)
と呼ばれる。興奮作用、強壮作用、健胃作用があるとされる。生姜より
も熱性が強い辛熱の性質があるとされるので胃腸の冷えによる機能障害
では乾姜を使う場合が多い。

加工方法についての記述が異なっていますが、いずれにせよ、しょうがの
成分に「ジンゲロール」があり、加熱・乾燥加工すると「ショウガオール」
に変わるということのようです。このショウガオールという成分の薬効が
強い。→ 二つの成分について、ウィキペディアに項目があります。

ところで、NHKの「試してガッテン」でしょうがが取り上げられていま
した。→ http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20100825.html
この実験結果が正しければ、しょうがは生で食べず、乾燥させてから食べ
るのがよいということになります。詳しくは、上記の記事を見てください。

『なぜ、健康な人は「運動」をしないのか』

路地裏の整体術 第771号 2015年1月29日
▼ 『なぜ、健康な人は「運動」をしないのか』

刺激的な名前の本です。『──病気の9割は「運動」が原因』と副題がつい
ています。この題名は出版社が付けたのだと思われ、表紙のどぎつい赤色と
相俟って、刺激だけで売ろうという本のように見えます。新刊書店で見つけ
て興味は持ったものの、買わずに済ましました。ところがこれが古本で出て
いたので、値惚れして、思わず買ってしまいました。

著者は「東京都健康長寿医療センター研究所」に所属する医師・青柳幸利さ
んで、出身地である群馬県中之条町(群馬県の中央部です)で長期にわたる
くわしい調査「中之条研究」をし、その結果に基いて結論をまとめた本だと
いえば、常識に挑戦するだけの怪しげな本ではないと分かるでしょう。でも
わざわざ買う価値があるかとなれば疑問です。僅かの内容を薄く引き伸ばし
一冊にまとめたような感じを受けます。立ち読みで十分だと思いました。

取り敢えず、この本のエッセンスだけを紹介しておきたいと思います。

中之条研究から得られた結果は、運動には量と質とがあって、量ばかり多く
てもいい結果にならない。質も強い運動をすればいいというものではない。
中程度の質の運動を中程度に続けるのが望ましい。老人がマラソンやジョギ
ングなど強い運動を続けると却って悪い結果になる。弱すぎる運動では結果
が得られない。結論をまとめると中程度の動きを20分ほど含む8000歩ほどを
歩くのが一番効果的である。

と、こういう常識的な結論になります。強すぎず、弱すぎずの運動を続ける
ことが、中之条町の人で健康で長生きの人の秘訣である、と言っているわけ
です。中程度の運動とは、どの程度のものか。著者が書いていることを私の
身体で試したかぎりでは、寒い中をうっすら汗ばむ程度に歩くのが中程度に
当たると思います。それをずっと続けるというのではなく、それが20分ほど
含まれていればよい。あとはぶらぶら歩きでもOKということです。頑張り
すぎないこと、という注意もついています。もちろん中程度とはどの程度な
のかは、人それぞれで、その人にとってちょっと強めと感じる程度にどどめ
るのが賢明ということだと思います。

中之条研究の結果から、これを続けることで予防できる病気として、要支援・
要介護、うつ病、骨粗しょう症、骨折、高血圧症、糖尿病、脂質異常症、心
疾患、脳卒中、認知症、がん、が挙がっています。

「運動」をすれば健康になれるという常識に挑戦しているところが、この本
の価値だろうと思います。強すぎず弱すぎず、中程度の運動をすることが健
康につながりますよ、というのがこの本のメッセージのまとめでした。特に
早朝のきつい運動は危険だ、という警鐘も鳴らされています。

操法の効果

路地裏の整体術 第769号 2015年1月26日
▼ 操法の効果

しばしば的確な内容のメールをいただいて、ありがたい思いをする東京都のMさん
から次のような便りがありました。

──尾骨操法で背骨が真っ直ぐになり、肩の位置が整うとご紹介いただきましたが、
やって見ましたら、驚くほど整いました。今までもやっていましたが、意識を
変えて丁寧に行うことで更に効果が出ることに、改めて体は不可思議だと思い
ました。

これは、[第767号] の「ふたたび尾骨の重要性について」に言及したものです。
さて、ここで取り上げたいのは、尾骨の周辺を緩めることによる効果そのものは
さておき、「意識を変えて丁寧に行うことで更に効果が出る」という部分です。

多くの操法は手で行いますから、手の動きが同じなら効果も同じかというと、そう
ではないことが多い。同じ動きをしても、効果が高い時と効果が出ない、あるいは
出にくい時があります。

人によっても効果が違います。Aさんがやったら効果が出たが、同じことをBさん
がやっても効果が出ないということは、しばしばあることです。こんな差を一つの
原因に帰することはできません。効果が出るに当たって、さまざまな条件が取り巻
いているからです。患部の状況が違う、全身の状態が違う、手の触れ方が違う。力
の掛け方が違う、など、さまざまな差があって、一つの条件だけで比較するのは難
しいことが多い。

ところが、これこれの操法をやってみたけれど、効果が出ないと質問してくる人が
います。こういう質問には答えようがないわけです。私としては、色々なケースに
試してみて、この操法は使えると判断しテキストなどに載せています。ですから、
条件が変わると、効果が出ないことも当然あります。逆に、私としては効果を感じ
なかったから削除してしまったとか、テキストに載せていないとかいう操法を試し
てみたら効果があったという人もいるに違いありません。

こんな、人と機会の違いによる差は、常につきまとうことで、これは操法について
語る時の難しさでもあるし、また面白さでもあると私は思っています。操法は本当
は一回限りのもので、普遍化すると、すでに違うものが入り混じってしまうのかも
しれません。そんなことを感じることもあります。

これは操法だけでなく、武術の技などでも同じような事情があるかもしれません。
「論理」として整理しておけば、それぞれの操法に、一回かぎりの【個別性】と、
常になりたつ【普遍性】とがあり(ここで、あり、というのは、ばらばらにあると
いうのでなく、個別性と普遍性とが複合しているという意味)、この2つを明確に
区別し、意識して使えれば操法がうまく使えるようになるのではないかと思います。

特に差を生む大きな違いは、操者の【意識】ではないでしょうか。ある操法に取り
組む時に、操者がどのような思いを持って取り組むのか、その違いが結果に大きな
違いを生むようです。Mさんの指摘されているのも、この点ですね。ところが注釈
がここで必要になります。【意識】だというと、操法の時に、「この骨、動け」と
思いながらするのですか、と尋ねる人が必ずいます。私の使う操法にそういう方法
もありますが、特殊な場合だけで、通常は、そういう意味では、何も【意識】して
いない。

というと、一方で「意識が大切」と言いながら、一方で「意識しない」というので
は、どうすればいいか分かりません、という人がいるでしょう。もう少し解説して
みましょう。「意識が大切」という時の「意識」は、意識の中で「個別性」と「普
遍性」とを意識して区別することを指しています。ですから、操法の時には、その
「意識」は消えて背後に退いているわけです。「意識していない」というのは操法
する時に、変化させようとしている動きを「意識していない」ということで、操法
は淡々と行なう。しかし、その背後に、問題の部分についての「意識的な」分析が
行われている、ということです。

操法にとりかかる前に、問題部分に関する分析が意識して十分に行われている必要
がある(もちろん腕組みして、じっと考えているわけではなく、分析は瞬時に行う)。
その上で、操法する時には、きばらず、淡々と行ないます。

ここで、Mさんのメールに戻ります。同じことをやるにしても、その操法をするの
は、どういう目的であるかが意識されているかどうか、そこのところの違いが操法
の成否を左右するのは、まことに不思議である、とそういう意味に私は読みました。
「骨が動け、とうんうんうなりながら」操法するという意味ではありません。

こういう話は、いわば上級クラスの話しで、単にこうすればいいと手をとって教え
られることでもありません。本人が実際の操法を繰り返す中で、会得する他ないと
思いますが、そのきっかけは提出しておきたいと思って、今回のマガジンを書きま
した。