1020 頭骨の上下運動

第1020号  2018年3月8日
▼ 頭骨の上下運動

耳の後ろのグリグリと言えばよいか、ともかく、耳たぶの後ろ側に骨が出ているところがありますね。「乳様突起」と呼ぶ箇所です。これは側頭骨の下の端です。(⇒乳様突起の画像検索を)

ここの出っぱり方が人によって異なります。ずいぶん飛び出していると感じられる人と、奥まっていて触れないなと感じられる人とがあるはずです。もちろん中間の人もいて、人さまざまでしょうが。

自分の骨を触るだけでは、よく分からないという人は、他人のを触らせてもらってください。

とは言え、頭の骨はどの骨と言えども、そっと触ること、強く押したりすると、おかしくなって頭痛を起こしたりしますから、厳重な注意が必要です。

先日も、他所の整体で頭に強い力を加えられて、頭の形が変わり、顔の表情もおかしくなってしまった人がいました。お気の毒といって済ませるわけにいきません。施術家の皆さん、どうか強い力を頭部にかけるような野蛮なことはやめていただきたいと思います。

この乳様突起が出たり入ったりという運動をしている(側頭骨が上下している)ことは、簡単な操法で解りますが、今回はそのことではなく、実際にこの動きを私が体験した話です。

昨年の秋ごろから、私は禅宗の寺で行われている坐禅会に参加しています。その会に参加している人から、奈良市の西に連なる生駒連山にある山荘で坐禅会しているので、参加しませんか、というお誘いを受けたと思ってください。

山荘で坐禅というのが気に入って、二つ返事でこの誘いに乗った次第です。バブルの頃にこの当たり、生駒山の中腹に別荘を建てるのがブームになって、たくさん建てられた山荘の一つを借り受けて、そこで坐禅をやっているという。

参加して坐禅を組んでいると、二つの大きな身体の変化に気づきました。一つは、寒いところで靴下を脱いで坐っているのですが、足に汗をかいてくること。普通は、足が冷えてくるところですが、それが熱をもって汗ばんでいます。

もう一つは、座禅から帰って翌朝、起きた時に自分の頭を触ってみて、驚いた。頭の恰好がまったく違っていて、頭頂部のとんがりが消え、乳様突起が上がってへっこんでいます。

この山荘にいると、山林の中に建っているので、植物のエネルギーをたっぷり受けるのでしょう。それでこんな不思議な変化を起こしたに違いない、と考えました。

乳様突起が引っ込んだのは、側頭骨が上がったことを表していると、考えられます。

頭頂部のとんがりが消えたのは、頭頂部は変化せず、側頭部だけが上がったことを表しているでしょう。この頭頂部のとんがりは、鬼のツノにあたるもので、交感神経の緊張を表しています。簡単にいえば、あたまにツノが生えているわけです。

という次第で、全体としては頭頂骨を除いて頭が上に上がったと捉えて間違いあるまい、と思います。

だいぶ以前の話ですが、体の全体がすべて下がってしまったと訴えて来た女性がいました。全部が下がっている、と言われても。一部が下がっているというのなら、話しが解りますが、ある整体に行ったところが頭を触られて、体全体が下がってしまったというのです。

これは恐らく交感神経の緊張が高まったことを表しているでしょう。ツノが生えるのは、頭頂部が持ち上がり、側頭骨が下がったことを表しています。

なぜこんな現象が起きるのか。私の推測です。よく引き合いに出すルドルフ・シュタイナー(1861-1925)の言い方を借りると、地球の上にいる人間には、地球の中心から引っ張られる引力も受けているけれど、同時に惑星や恒星や、月、星座からも引っ張られている。一言でいえば、天体からの力を受けている、とシュタイナーはそのように表現しています。

すると、天体からの力が優位になっている時は、側頭骨が上がる。逆に地球からの力が優位にたつと、側頭骨が下がる。つまりそのような人間に働く力の違いがあるに違いありません。そして、側頭骨が下がっている人が多いということは、天体からの力を受けることが少なく、地球の力を受けすぎているということではないか。

そんなことを夢想してみたわけです。事実かどうかは分かりません。でも私自身の頭の変化をみると、そうとしか思えない。

昨日こられた女性も、乳様突起が下がっていたので、私はそのようなことを考えてしまいました。彼女は緊張すると、いろいろ具合が悪くなるらしい。そこで、あなたは天体から遠ざかっているのではないか、と申し上げました。すると、その女性は、納得するところがあったらしく、アッと声を上げられた。

というような次第で、夢ものがたりのような話ですが、案外こういうことがあるのではないか、と感じさせられたわけです。

さて、われわれ多くの都会生活者は、天体から遠ざかっているのではないか。というより、天体のことを思い出すのは夕方西の空をみる時だけかもしれません。皆さん方は天体と人体のつながりについて何かを感じられることがおありかどうか?

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1017 蝶形骨のゆがみ

第1017号  2018年2月10日
▼ 蝶形骨のゆがみ

「ゆがみ」って、どういうことですか、というご質問を時々いただきます。具体的に説明してみたいと思います。

Yさんという女性。年齢不詳(ということにしておきます)。症状は色々あったのですが、特に注目に値するのは、目の周りが痛いという珍しい症状です。

初めにお断りしておかなければならないのは、人の体に絶対的な座標などないことです。高校数学の空間座標なら、X軸・Y軸・Z軸という座標があって、そこからの変位を「ゆがみ」ということができますが、そんなものは人体にはありません。

あえて座標を設定するなら、正中線が基準になるかと思われますが、人体は精密に言えば左右対称ではありませんから、おおよその基準として、左右対称を基準にするしかありません。前後については、個人差が大きく、相対的に考えるしかないでしょう。

さて、目の周りが痛いという症状。目の周りには、多くのツボがあって、そのポイントは誰でも若干の痛みがあるでしょう。ですが、そういうツボが痛いというのではなく、非対称にある痛みでした。

右の眉の上が痛い、左のこめかみが痛い、このこめかみで気づいたのです。こめかみに痛みがあると、たいてい舟状骨(*1)がゆがんでいます。つまり舟状骨が通常より盛り上がっている。

「ゆがみ」とは何か、と難しいことを言わなくても、ゆがんでいると、そこに痛みが出るわけです。この舟状骨にかぎらず、どこかに痛み(圧痛)があると、そこいらの骨にゆがみがある。

例えば、手の指が痛いという人をよく見掛けますが、そういう人は、手の指の関節がゆがんでいることが多い。関節のあるべき位置に骨がきっちり嵌っていない。こういうのが典型的なゆがみと言っていいでしょう。

ですから、目の周りが痛いという症状があるなら、その辺りに何かのゆがみがあることになります。目頭の上あたりですと、鼻の上にある篩骨(*注2)という骨がゆがんでいる場合がありますが、Yさんの場合は篩骨に痛みはなく、どこか別のところのようです。

そこで舟状骨を触ってみると、「痛い」という。すれば、舟状骨と密接な関係にある蝶形骨(*注3)がゆがんでいるのだろう、と思ってこめかみを触ってみると、盛り上がり感があり、しかも押えると違和感があるという。

そこで、舟状骨を正常な位置(*注4)に戻してやると、こめかみの違和感が消え、もりあがりもなくなりました。

それだけではなく、目の周りの痛みも消失したというわけです。

ところで、まだおまけがあります。この女性Yさんには、他にも違和感のある場所があった。それは左足の第3趾の中足骨(*注5)です。ここに違和感があれば、顎関節症が疑われます。「顎はおかしくないですか」と尋ねてみると、「おかしいです」という返事。

ということは、第3趾→舟状骨→蝶形骨というつながりがあったと考えられます。言い換えると、ここの線上に歪みの連鎖があったわけです。こういう線を無視すると、改善できないゆがみが残るということになります。

この線状の連鎖は経絡とは異なりますし、筋膜トレインなどというものとも違います。こういう線が身体のあちこちに巡っているのではないか。そういうものに注目していたのは、ひょっとするとチベット医学ではないかと今は思っています。

*注1 舟状骨 ここでは足の付け根あたりにある横長の骨。間違って「せんじょうこつ」と読む人があるが、「舟」は「せん」ではなく、「しゅう」がただしい。手にも同名の骨があるので、区別する時は、「足の舟状骨」、「手の舟状骨」といわなければ、混乱する。

*注2 篩骨 鼻の付け根あたりに存在する複雑な形状の骨。詳しくは画像検索をかけて、調べてみてほしい。

*注3 蝶形骨 左右のこめかみを貫いて、目の奥に存在している。これも複雑な形状なので、詳しくは画像検索で。これがゆがむと、目の周りに痛みが出るばかりでなく、こめかみにも違和感が出る。脳とも関係の深い位置にあるため、全身への影響も無視できない。

*注4 舟状骨を正常に戻す これについては 『共鳴法教本』 に詳しく書いてあるので、そちらを参照。

*注5 中足骨 足の指の手前にある長い骨。ここは、足の捻れと関係し、複雑な捻れ方をするので、放置すると全身に影響がある。逆にいえば、ここで全身のゆがみを直すこともできるかもしれない。

1004 逃げる痛みと失敗の過程

第1004号  2017年11月21日
▼ 逃げる痛みと失敗の過程

からだほぐし教室では、その日の参加者にどこか問題をかかえている人がいれば、解説付きで操法をして、参加者の方々の勉強の材料としています。

先日の教室では、尻から脚に掛けて、痛みが出ているという方がいた。で、その問題を解決すべく色々やってみたのですが、痛みが最初の場所から別の場所に次々と移って行きます。

こういう場合、どうすればいいのか。原則を言うと、【痛みが次々移って行くのは、原因が痛みの場所にないから】です。痛みの原因が次々移って行くと考えるのは無理がありますね。

だから、こういう時は筋肉の緊張を探したりしても、なんともならない。それより、どこかに関節の異常とか、怪我の痕跡とか、そういったものが残っているのではないか、と考えるとよいと思います。

と、今だから言えるのですけれど、やっている最中は一生懸命ですから、心が一つの視点にとらわれていて、中々他の視点に移動するのが難しい、というのが本当のところ。

色々やってみて、ダメだったので、私は次第に「これではダメだな」と気づき始めたわけです。早く言えば失敗に気づいた。

芸事やスポーツなど上達を必要とする場面では、失敗を考えることが大切です。なぜ失敗するのかが分かれば、どうすればうまく行くのか、も分かって来る。別の言い方をすると、【失敗は決して単なる失敗ではなく、上達の一過程】だと考えれば失敗を悔やむことはありません。

さらに、短く言えば【失敗しなければ上達しない】とも言える。

こうして失敗を続けているうちに、【末端に注目】という原則が思い出されました。

この場合は、右脚の外側が主に痛みが出る場所でしたから、足をみて、「小指か」。誰に言うわけでもなく呟いた。すると、相手のOさんは「足の小指は以前骨折したことがあります」と言われる。

なぜ「小指」だと思ったのかといいますと、拇指がやや外反母趾の気味になっているのに対し、小指には見たところ異常がない(*1)ことと、右外側に色々症状が出ていることからでした。

そこで、小指を触ってみますと、先端が硬くなっている。これだな、と思って硬くなっているところに愉気(*2)をします。

これでよくなるという保証があるわけではないけれど、やってみる価値はある。今度は失敗したとしても、別段、どこかが悪くなるわけではないので、これはやってみたい。見学している人たちに失敗の現場を見てもらうのも、勉強のうちですから。

世の中には、「失敗はかっこうが悪い」という価値観を持っている人が多い。しかし、それでは上達の過程に気づくことができません。

さて、小指が緩んだおかげで、すべての痛みが消えたらしい。小指の骨折痕が、上部のあちこちを引っ張っていたわけです。失敗を重ねたおかげで、【末端に注目】という原則が再確認できたことになります。

私の操法では、このような小さな失敗、いわば「ミクロ失敗」を重ねています。時にすらすらと進んでしまう場合もあるにはあるけれど、そういう時は学ぶことが少なく、つまらない。(申し訳ない言い方で、すみません)

要するに【小さな失敗を繰り返すことが、大きな失敗を防いでいる】わけです。これが「対立(物)の統一」などと論理学で呼ばれる実例ですが、これについては、いずれ別の機会に。

いつもお客様から多くのことを学ばせて貰(もら)っています。ありがとうございます。

注*1 小指には見たところ異常がない──親指が外反拇指になっていると、小指も「内反小趾」になっていることが多いから。

注*2 愉気──「ゆき」。おなじみの言葉ですが、ご存知ない方もいらっしゃるかもしれないので、説明しておきます。見掛けでいいますと、相手の体の部分に手を当ててじっとしていること。ですが、こういう見掛けの様子(現象)だけでは意味がない。手を当てて、操者のからだのエネルギー(気)を相手の身体の一部に送り込むことと言ったらよいか、相手の注意をその部分に集めることと言えばいいか。

999 観察眼

第999号 2017年11月2日
▼ 観察眼

「観察眼」という言葉があります。例えば「動物学」「植物学」などに取り組む人なら、ファーブルやリンネのような優れた「観察眼」が持てないものか、と日頃から考えていることでしょう。

どうすれば優れた観察眼を持てるようになるのだろうか。操法についても、同じようなことが言われます。そこで今回は操者を目指して頑張っている方々を対象に書くことにします。

でも、ちょっと待った。本当に「観察眼」というようなものがあって、それを持つことさえできれば操法の腕が上がるのでしょうか。

落語の話なら「犬の眼」を入れてもらったら、たちまち視力が上がって、ものがよく見えるようになるのかもしれませんが、現実の世界ではそうも参りません。

「観察眼」て何なのでしょうか。

いうまでもありませんが、観察の上手と下手とで、見えているものが違うわけはない。同じものを見ているわけです。なのに何が違うのか。もちろん見る人によって視力が違うということはあるでしょうが、視力の差は、観察眼には無関係です。

同じものを、同じような視力で見ているにもかかわらず、結果が違うのは、なぜなのか。これが皆知りたいところです。

具体的に考えてみましょう。鎖骨という骨は目に止まりやすい骨です。触るのもたやすい。では鎖骨を観察するというのは、誰でも簡単にできるのか。

鎖骨というたった一本の骨であっても、目のつけどころが色々あります。

(1)鎖骨全体のかたち。(2)鎖骨と胸骨の関節である胸鎖関節のかたち。(3)同じく胸鎖関節を触った時の感触や圧痛。(4)胸鎖関節の左右の位置。(5)鎖骨と肩甲骨の関節である肩鎖関節のかたち。(6)肩鎖関節の左右の位置。(7)肩鎖関節の前後の位置。(8)鎖骨の前にある烏口突起に触れた時の圧痛。(9)肩峰の位置。(10)上腕骨の前、つまり肩関節の飛び出し具合。(11)鎖骨下の圧痛。(12)鎖骨の下にある胸骨の状態。
(ここの段落には、煩雑になるので[注]をつけないことにします。興味のある方は解剖図などでお調べください)

といったところでしょうか。こういうものをすべて一瞬で見るか、触って確認できている人がいるはずで、同じものを同じように見ていても、見え方がまるで違う。

一つ一つ触って確認していなくても、パッと見た時に、あ、この人の鎖骨はおかしい、と直感的に分かる。という人は、観察眼があるといえるでしょう。

何が違うのか、といえば、鎖骨だけでなく全身に目のつけどころが色々数多くある。それをほとんど一瞬で見分けていることが分かります。

いま「目のつけどころ」と書きましたが、「目」といったのは象徴的に言っただけで、「手のつけどころ」でもあるわけで、場合によって見るだけでなく、触ってみているわけです。そういう意味でいえば、「注目しどころ」といえばいいでしょうか。

こういう風に考えてみると、【全身に「注目しどころ」がいっぱいあって、それが関係づけられて、パッと見えることが大切なわけです。この「関係づけられて」というところが重要で】、細かく見ていても、それらがバラバラでは何の役にも立ちません。

「関係づけられて」といっても、観察する人が主観で関係づけているのではありません。細部の一つ一つの間に客観的な結びつきがあって、その関係をあらかじめ知っていなければ「関係づけ」ることは不可能です。

具体的にいえば、胸の真ん中にある胸鎖関節の状態が手の指と密接な関係にあることを了解していれば、指の動きが悪い人をみる場合に、すぐ胸鎖関節を見てみることになります。そういう関係があちこちにあって、それをあらかじめ了解していることが必要である、ということです。

ただ、このように書くと、研究者のような性格の人は、整体の操法というのは、大変だな、そんなこまかいことを一つ一つ覚えていなければ、できないのであれば、自分には無理だな、と考える人もいるかもしれません。

でも、そうではありません。現実の操者は、そういう細かいことを「からだで覚えている」。といえばいいでしょうか。それより表現の仕方がないので、何にせよ技に関係する分野では
「からだで覚える」ということがよく言われますね。

別の言い方では、「手が覚えている」というような言い方もしますね。そうです。「観察眼」というレベルに留まっていてはダメで、それでは一つ一つバラバラに分析して覚えていることになります。そうではなくて、「手が覚えている」レベルまで研鑽を積むことが必要だ、ということです。

992 左右の複雑な釣合い

第992号 2017年10月3日
▼ 左右の複雑な釣合い

40歳代の女性Sさん。左脚の外側が張るといわれます。「坐骨神経痛」だと判断する人が多いのではないか。しかし、よく聞いてみると、痛いわけではなく、しびれるわけでもなく、「坐骨神経痛」とは少し様子が違います。

一緒に来られたご主人によれば、もう一か月以上も、同じようなことを毎日言っているのだそうです。

私は、張っているところを緩めるということをせず、全身の釣合をよく眺めたり、触ってみるようにしました。確かに左脚の全体が張っているのは間違いない。

でもそれだけではありません。右肩が上がっている。とすれば上半身の体重が左にかかってもおかしくない。だから体重が左に過重になっているだけなのだろうか、と思ったのですが、ふと背中を触ってみて驚いた。

右側の起立筋(*注1)がかんかんに張っています。サスペンダーが入っているような感じです。ということは何を意味するのだろうか。右肩が非常に硬くなって上がっているに違いない。事実、「怒り肩」といってもよいくらいです。

「右の肩が凝っていませんか」と聞くと、左脚が気になって、それはそんなに気にならないと言われる。

でも本人の感覚にかかわらず、これは右腕が硬くなっているに違いない、と判断しました。

つまり、左側は足から引っ張られ、右側は手から引っ張られる、という事態になっている。おそらく骨盤が境界線になっている。上下から八つ裂きにされかねない状態です。これはつらかろう。

そこで、右腕を緩めるのに、どうすればいいかを考えなければなりません。おそらく右手の指に問題がある。それだけでなく、右の肘(ひじ)も捻れている(*注2)だろう。

予想通り、右手の第二関節(*注3)がどれもこれもかなり硬くなっています。突き指を直す時の要領で、第二関節を順に緩めて行きました。

右の肘も予想どおりかなり捻れていました。指の第二関節の硬化と、肘の捻れとで、右腕の全体が硬くなって下に引っ張っている。肩の立場からすれば、腕に引っ張られぱなしでは堪りませんから、肩を怒らせて対抗していたわけでしょう。

そのために、背中の右側がサスペンダーのように硬く張っていました。すると、左脚も頑張ってつっぱらないと、全身の釣合が取れない。そのために左脚が張っているとSさんは夫に毎日訴えることになったわけでしょう。

左脚の具合が悪いと言って来られたのに、右腕をしきりに触っているというのは、おかしな具合ですが、実際これでよくなるはずだ、という確信がありましたので、右腕に操法を続けました。

右腕の硬さがかなり取れて来たところで、Sさんにどうですか、と尋ねてみると、大部らくになりました、とのことだったので、これで終わりにしました。

非常に珍しい例だと思いますが、事実は、このような状態の人が多いのではないか、と考えます。その人の身体は、全体がおかしくならないように、懸命にバランスをとろうとしているのですから。

だから、どこかが突っ張っているからといって、そこを無闇に緩めてはならない。またそんなことをしてみても、よくなる道理がないという教訓をいただきました。

やたらに突っ張っているところがあれば、その突っ張りは、どこと釣合をとっているのか、と考えて対応すると、うまく行くのではないでしょうか。

(*注1)起立筋→背骨の両側に縦にある太い筋肉。一本の筋肉ではなく、多裂筋・回旋筋などと呼ばれる多くの筋肉の集合体。

(*注2)肘が捻れている→大抵の場合、人は腕を内側に捻って使うので、内側へ捻れてくる。上腕骨と尺骨(前腕小指側の骨)の関係が捻れていると、肘に圧痛が出る。

(*注3)指の第二関節→指の関節は、指先から順に、第一関節、第二関節、第三関節と数える。専門語では、DIP関節、PIP関節、MP関節、と呼ばれる。突き指は第二関節に起こりやすい。また突き指にかぎらず、その他の故障も第二関節に多く、触ってみると、第二関節が硬く盛り上がっていることが多い。

(専門語や難解な箇所には注を付けてほしい、というご要望があったので、今回からつけることにしました)

990 踵の重要性と間接法

第990号 2017年9月23日
▼ 踵の重要性と間接法

膝痛で通って来られている70代の女性が、急に痛くなったのでみてほしい、と言って来られました。

さっそく来られたので、どこが痛いのか、と尋ねてみますと、膝の裏側が突っ張る感じがするというお答えでした。

通常、こういう症状であれば、まず疑うのは、脛骨の前方転位(前にズレている)です。ところが、どうもそうではないらしい。

膝裏(膕、ひかがみ)からふくらはぎの方向に引っ張られる感じだという。となれば、私は踵を疑います。「末端に原因あり」という原則どおりです。

距踵関節(かかととその上にある距骨のつなぎ目あたり)の後ろを押さえて見ると、痛みが出ると言われる。

こういう場合、踵骨の方に痛みが出るよりも、むしろ距骨側に痛みが出ます。ということは、距骨が後ろにズレていることになります。

しかし距骨という骨は、筋肉の繋がらないベアリングの役割を持っている骨なので、これが後ろにズレているとなると、重心が後ろに寄っていることを示していると考えられます。

この場合、どうやって修正したらよいか。色々方法は考えられます。いままでこういうことをしたことがないとして、の話しですが、もちろん。

操法の時に、これまでやったことのない方法を採用しなければならないという場面に遭遇することは珍しくありません。その時に即興で案出しなければならない。

「即興で案出」などというと、不安を覚える人がいるかもしれませんが、操法というものは、本質的にそういうものだと思っておかなければなりません。出来合いの方法があって、それを適用すれば問題が解決するというほど甘くはない。

むしろ、相手の身体の状況は無限に変化のあるものですから、対応も当然、無限のバリエーションがあって当然です。一言でいえば、「諸行無常」。

というより、正確に言えば「諸法無我」でしょうか。世界のどんなものにも実体がない。どんなものにも「実体がない」というのは、操法の上でも重要な原則の一つだと思います。

で、どんな方法を採用するのか。

直接法(微圧法)なら、踵骨を動かないように固定しておいて、距骨を少しずつ前に押す方法が考えられます。

間接法(操体法)なら、距骨を後ろに引っ張っておいて、そっと離す方法でしょうか。

同じく間接法(共鳴法)なら、小指の第1関節掌側のところから、少し爪先方向に擦る方法。

こういう場面でどれを選択するか、という時に、その操者のセンスが問われます。つまり直接法が好きな人、間接法が好きな人、という違いがあるように思います。

ここで、「直接法」というのは、いわば車体のへっこみを叩いて直すような方法です。これは発想法としては一番わかりやすいでしょうが、安易にすぎ、事故を起こしやすい。特に力を直接歪みの箇所にかけてゴリっとやる方法。

「間接法」とは、へっこみを叩いて直すのではなく、へっこんでいるところを裏から余計にへこませる方法にそっと押すと、身体が反発して次第に直ってくる方法です。

こちらは事故の可能性が低いだけでなく、身体の自然性に従っていますから戻りにくい。同じく間接法でも共鳴法なら、患部に触ることもありませんから、もっとも安全性が高い。いわばリモート・コントロールですから。

さて話がもとに戻りまして、この時は、この女性の踵を正常にするのに共鳴法を使って行いました。これはテキストにも載せていませんし、講座でも話していません。いわば、即興で案出した方法ですが、それが奏功したことになります。

このようにして距骨の位置が改善しますと、膝の裏側のつっぱりが消失しました。ひざ痛を
踵で直したということになります。こういう場合もあるという例として、取り上げてみました。こういう意味でも、このような操法は「間接法」になっています。

つまり「間接法」という名称は、患部を直接さわらない、という意味と、患部とは別の場所に根本原因を発見して離れた場所から攻める方法、という意味も持っています。もちろん、さきほど書いたように、反対側から少し歪ませると直るという意味も含まれています。

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980 側頭骨と肩こりの親密な関係

第980号 2017年7月11日
▼ 側頭骨と肩こりの意外に親密な関係

肩こりの原因は、背中にあると思われていますし、現に足首をさわれば肩こりが解消するという考えもあります。ところが、どうもそれだけではない。側頭骨・後頭骨といった頭の骨の位置が肩こりに無関係ではありません。

特に最近のお客様の訴えを聞いていますと、肩こりというか、首こりというか、ともかく肩だけでなく、首が苦しくなっている方が多い。これが何に由来するのかは分かりませんが、PC作業やスマホと関係があるのかもしれない、と思われます。

先日来られた方は、「それ、首が凝っているのでしょう」とお聞きしても、「首ではなくて、肩が凝るんです」と言われる。肩か首か、という領域あらそいは、さておいて、どうもこれは首、しかも頭の骨が関係していそうだ、と思われたので、側頭骨をそっと上げてみました。すると、「楽になりました」と言われる。やはり。

側頭骨をそっと上げるとは、どうすればいいのか。側頭骨の位置を明確に表しているのは、耳たぶの後ろの「乳様突起」(にゅうようとっき)の位置です。「乳様突起」とは、耳たぶの後ろにあるぐりぐりの骨のでっぱり。これを左右さわって見て、大きさ(出っ張り具合)が違えば、大きい方の側頭骨が下がっていることになります。おおよその見当でいうと、右が下がっている人が多いという印象です。

この乳様突起を上げるには、どうすればいいか。手の小指側の側面、小指の付け根と、手首の中点が乳様突起の対応点、これを「乳様突起点」と呼んでおくと。この乳様突起点を指先方向に1センチばかりなでればよろしい。その後すぐに乳様突起を触ってみると、みごとに凹んでいるはずです。つまり側頭骨はこれだけの操法でカンタンに上がるということです。

逆にいうと、側頭骨が下がっていると、それが肩を引っ張って、肩こり・首こりを起こすということです。首を左右に回してみて、どちらかに引っかかりを感じる人は、このポイントを操作してみてください。ぐっと楽になること請け合いです。

ついでながら、このポイントはタッピングのツボとして使われているポイントでもあります。両手のこのポイントを軽く打ち合わせると、リラックス感が出て来る。ということは、側頭骨はリラックスの急所であるということもできるでしょう。足に力の入らない人は、側頭骨の上にある鱗状縫合のあたりにしばらく愉気をしてもらうと、力が入るようになるのと、何かの関係があるのかもしれません。ですから、手のこのポイント「乳様突起点」に「リラックス・ポイント」という名前を与えてもいいかもしれません。