967 価値判断と事実判断

第967号 2017年3月31日

時々、古いメルマガを読みたいというリクエストをいただくことがあります。そここ、古いものの中から選んでHPに掲載しているわけですが、すべてではありません。特に比較的新しいものは、出してありません。

そんなわけで、比較的新しいけれど、HPに出ていないものを少し選んで復刊してみる試みをしてようという次第です。今回は2014年7月7日の[第729号]。もとのままではなく、少し手を入れてあります。

「判断する」という言葉があります。「判」は「分ける」とか「分かれる」、「断」は「切る」とか「断つ」ですから、物ごとを「Aグループ」と「非Aグループ」とに「切り分ける」というほどの意味でしょう。

例えば、レストランAの食べ物は「うまい」が、レストランZの食べ物は「うまくない」などと、私たちは毎日いろんな判断をしています。

もちろん、このような【価値判断】だけでなく、この操法は「よく効く」、この操法は「効かない」と判断することもあります。こちらは【事実の判断】です。

収穫した豆を「売り物になる豆」と「売り物にならない豆」とに分けるなら、それも「判断」の一種です。

事実の判断は別として、価値判断は人によって結論が異なる場合があります。というより価値判断は人によって少しずつ違うというのが正確でしょう。

レストラン「朱鯨亭」の料理を人によって「うまい」とするか「まずい」とするか違うかもしれません(ある時、おたくは鯨料理の店ですね、と電話がかかって来たことがありました!)。

客観的な基準があるかと問うてみると、一人ひとりの好みがありますから、それぞれがまことに主観的な判断でものを言うことになります。評論家達は、いかにも客観的な判断をしているように装いますが、客観的な判断など不可能だと言った方がいいでしょう。

音楽の価値判断なども、人によって全然違う。一つの演奏をある評論家は絶賛し、ある評論家は酷評するというのは珍しくありませんね。

こんな具合ですから、たとえ事実の判断であっても判断というのは難しい。特に人の身体に操法を施すという場合の判断は難しい。

観察から始まって、観察 → 判断 → 操法 → 確認と四つ段階があって、その段階の一つが「判断」です。

観察に基づいてこの人の身体はここがこうだからこの操法をしようと「判断」するわけです。的確な判断ができるためには的確な観察が必要ですから、観察が重要なのは間違いありません。

ですが、観察さえ的確であれば的確な判断ができるかとなれば、そうは行きません。Aの操法とBの操法とでは効果が違う。あるいは同じような効果があるとしても、効果の大きさが違う。つまり効き方が違います。ある操法をした後、その操法が果たしてその人に効くかどうかは観察だけでは決められない。

またAの操法をしてからBの操法をする方がいいのか、B→Aの順にするのがいいのか、このあたりにも微妙なところがある。あるいはAの操法をするとして、一度でいいのか、何度か繰り返すのか。これも機械的に決めてしまえません。

また人によっては症状がいくつもある。10ほども症状を並べる人は、決して珍しくありません。特に数多くの症状を抱えている場合、いったいどこから手を付けるのか、これも難しいところです。

ですから観察の結果に基づいて判断し操法する時、どうしても操者の好み主観が入ります。むしろ操法は、そういうものだといったほうがいいのかもしれません。つまり受け手の生きざまと操者は向き合うわけですから、操者の生きざまも操法に出てくる。【二人の生きざまの交流が操法だ】ということになります。

操法をする際の判断の難しさは、この辺りにあります。症状がすべて異なること。人によって効果がすべて異なること。操者の技量によっても、結果が違ってきますから、操法について一般的にものをいうのは本当にむずかしい。

この場合はこうだ、あの場合はどうだと、【断定的にものをいう人を警戒した方がいい】のは、このような問題点があるからです。むしろこういう問題点を自覚して慎重な言い方をする人の方が信頼できると私は思っています。

これは、どこの施術院を選ぶかについても言えるだろう。断定的に何でも言うところは避けた方が無難です。断定的な言い方を避ける人の方が信用できると私は思います。

こんなわけですから質問を受けるのは難しいことが多い。やって来られて、いきなり「治りますか」と尋ねる人がいますが、そういう質問にすぐに答えられるわけがありません。

症状をメールや電話で聞かれても、答えるのは至難のわざ。質問して来る人のお気持ちは理解できますが、そう簡単ではないわけですね。操法のわざに決してマニュアル化できない部分が残るのも、こんなことがからんでいるからではないでしょうか。

では、講座ではマニュアル化できない部分は教えないのか? 私自身はどのようにしているのか、と振り返ってみると、実は【私の判断と操法を例として示している】のだと思います。自分のことは分かりにくいものですが、じっと振り返ってみると、そんな風に思います。

それは例えば「茶道」の師匠も同じではないかと思いますね。師匠は自分の好みというか、自分の生きざまに従って茶道の組立を例として示しているのではないだろうか。

伝統に従っているだけではつまらないものになるのは、そういうことでしょう。「生け花」や「落語」も同じだと思います。最終的には師匠が例を示すより他に方法がない。

弟子は、師匠の操法を真似るのが勉強です。何でもマニュアルの世の中ですが、マニュアル化できないものを学ぶところに本当の勉強があると私は思っています。そうしているうちに、その人独自のものが生まれてくる。

一人ひとり人格も骨格も違いますから、10人の人がいれば最終的に10人とも操法が異なる。同じ技術を使っていても同じにならないのは、そういうことではないか、というのが結論です。

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940 けいぶん社

第940号 2016年12月25日
▼ けいぶん社

先日来られた若い女性Aさんが、『ねじれとゆがみ』が京都・一乗寺の「けいぶん社」にありました、と言って、写真を送ってくださいました。見慣れない本たちの間に私の本がおいてあって、不思議な空間だな、と感じ入ったのでした。

その3日後、今度は京都の女性が来られた。京都のどこにお住まいですか、と尋ねると一乗寺だという。

── 一乗寺といえば、叡電の駅から少し西に行ったところに「けいぶん社」という本屋さんがありませんか? と私。

── ええ、あります。そこで『ねじれとゆがみ』を見つけて読みました。それで予約を入れたんです。

── あ、そんなことってあるんですね。3日ほど前に、そこの写真を送ってくれた人がいたんですよ。シンクロ(シンクロニシティ=共時性)ですね。

──はい。

──いちど行ってみたい。

で、一昨日、カミサンと一緒に行って来たんです。

「けいぶん社」は漢字なら「恵文社」ですが、看板はあくまで「けいぶん社」。わざわざ「ひらがな」というところに、この書店の考えが示されているんでしょう。

ドアを開けて中に入ると、本屋の空気とは違って、オブジェたちが並んでいるのを感じる。その空気に圧倒される感じ。

実際、本だけでなく、文房具や布製品・陶器のようなオブジェもたくさん並べられています。もちろんそれも商品ですから、オブジェというのは正しくない。結構な値がついています。

本の並べ方が尋常ではない。普通なら叢書やシリーズはまとめておいてあるものですが、ここでは、そういう本の大きさやシリーズや、という外面的なことは一切無視され、もっぱら中身の関連だけで本が並んでいる。大型本のとなりに文庫本があったりするわけです。

だから、こういうディスプレイができるためには、本の中身についてのかなりな知識が必要になります。どう考えても、私にはこんな芸当はできない、と思える。

ここの店員さん(あるいは店主さん)は、本についての広範な知識を持っていることが伺えるんですね。それも偏ったジャンルだけならいざしらず、すべての本についてやるとなると、言ってみれば、文化全体についての教養がなければ無理ですね、これは。ただごとではない。

表面的に真似のできる人がいても、ここまで広範にできる人は、そうそういるまいと思えます。

奥のレジにいる女性がどうやら店主であるらしく見えます。50代? ベレーを被って、しきりに新しい本を入れている様子。

私の方は、店内のあちこちを巡って、本の並び方を見てまわりました。講談社文芸文庫の鈴木大拙訳・スエデンボルグ『天界と地獄』が目に止まった。

これ、先日のメールを下さったAさんに、こういう本がありますよと紹介したものですが、私が読んだのは古い抄訳です。鈴木大拙訳は読んでいません。

鈴木大拙という禅の世界的大家と、神秘家スエデンボルグというミスマッチが面白く気になっていた本です。(訳文は文語文で、決して読みやすい本ではないので、推薦はしません)

『天界と地獄』は、けいぶん社にある本たちの中でも、私にはひときわ光輝く本に見える。といって他の本に光が見えないというのではありません。読みたくなるような本がいっぱいあって目移りしてしまいます。

しかし買って帰るとすれば、この本だな、と見当を付けます。

さきほどの女性の様子を伺うと、『ねじれとゆがみ』が置いてある辺りで、本の位置を変更している。どの本とどの本をとなり合わせるか、というのにも、この人の直感が働いているらしい。操法にも直感が必要ですが、ここでもまた。

頃合いを見計らって、レジのところへ進み、『天界と地獄』を差し出しました。

── 私、あそこにある『ねじれとゆがみ』の著者なんです。(なんとヘタクソな自己紹介だ、と思いながら)頭を下げる。

── あ、と一瞬間があって、向こうも頭を下げられた。

──昨日のお客様がこちらであの本を求めて、予約を入れて来られたので、嬉しくて来てしまいました。

── さきほどのお客様も、こんな本が欲しかったとおっしゃって買って行かれました。・・私も肩がこってまして。

── 本は重いので、本屋さんは大変のようですね。どの辺りの具合が悪いのでしょう。

── この左側の首の周りが。

──はあ、それは腰ですね。腰がねじれて、背中から引っ張っているんでしょう。・・・少しやって見ましょうか。と、この人の腰の後ろに手を触れてみると、案の定、右が後ろ、左が前に仙骨が回旋しています。

女性の手の甲を拝借して(というのもおかしいが)、仙骨の対応点(つまり有頭骨)を、右手はぐっと押す。左手は「出てきなさい」と撫で撫でする。

── 何だか、ちょっと変って来ました。

── どこが変ってきましたか。

── この辺が緩んできました、と首のあたりを押える。

── なるほど。

── あっ、視界が明るくなってきました。

この光溢れる空間が、これ以上明るくなったら眩しく感じるのではなかろうか。

というわけで、次に会計を待つ人に場所を譲って、カミサンと一緒に表にでました。表の街路は、細かい雨で濡れていました。

お客さんの入りは、結構な数。奥の方は、まっすぐに進むのが難しいほど人が入っていました。殆どが女性です。今日は祝日なのになぜ男は来ないのか。いま文化をになっているのは主に女性なんじゃないだろうか。操法を習いに来る人も、このごろは女性の方が多い。
おとこは疲れ切っているのだろうか。

このお客の入りは、営業が難しい業種で、人通りの少ない立地でも、工夫しだいで繁盛店としてやって行けることを如実に示しています。

いろいろなことを学ばせてもらいました。女性たちを吸引する力のある素晴らしい空間。お勧めです。京都一乗寺、けいぶん社。

933 基本を守る 16/12/9

Sさんは40歳代男性、茶畑で働いておられ、以前から月に一度くらい健康管理の意味で通って来てくださっています。

そのSさんが珍しい症状を昨日、訴えて来られました。左肘のすぐ下あたりが痛く、これが手首から来ているような感じ。それだけではなく、そのスジが上腕にも伸びており、左腕全体がだる重い感じで、非常に不快である、と言われます。

こういう症状は決して珍しいものではなく、よく見かけるものですが、Sさんとしては珍しい。そこで、尋ねてみました。

── 何か左手をよく使うような作業をされているんですか。と私。

── いやあ、別に通常どおりですけど。

── 通常どおりというと、今は普通の事務仕事が中心ですか。

── まあ、そうですね。

といったやりとりの後、取り掛かります。腕の場合の手順がありますので、それを順にやって行きます。

1) 前腕の親指がわにある橈骨を上げる。

2) 寝床体操の5番、つまり前腕の二本の骨を締める操作をする。

3) 下橈尺関節の引っかかりを改善する。

4) 肘の内側、内側上顆と肘頭のあいだの窪みを押してみる。

5) そこに少し痛みがあるので、外側から愉気をする。

6) 小菱形骨のところを愉気して、肩の前を緩める。

7) 腕全体を引っ張りつつ、左側から前に回転させ、肩の前部の脱出を修正する。

・・・というような操法の手順で、少しはよくなったようですが、決定的ではない。何かが足りないようです。

── 左手で何をされたんですか。

── 別に何も・・・。

── 何もせずに、こんな風になるわけないですよ。

── うーん。

ひょっとして左手の親指が硬いのではないか、と考えて、Sさんの親指を触ってみますと、IP関節(親指の先の方の関節)とMP関節(親指の付け根の関節)の間が、どうも硬い。

そうか。これか。さっそくそこをじっと握って愉気をします。異常に硬いというほどではないものの、通常の状態ではない。これを見落としたのがいけなかった。

腕の問題がある時は、親指をよく調べるのは、「基本のキ」であったはずだ。しばらく愉気を続け、これでどうですか、と尋ねると、

── あ、よくなりました、という答え。

── これは、必ず親指を使っていますよ。

── あーそうか。お茶を刈る機械があってね、その機械を動作させるレバーを親指でじっと押さえていたんです。

── なるほど。それですね。

── それが、かなり強い力で押える必要があるんです。

── 腕が悪い時は、親指を調べるのが基本なんですが、それを抜かしていました。

── いつもやっていることなんで、あれが悪かったとは、思いませんでした。

というやりとりの後、その機械の写真をみせてもらうと、かなり大掛かりな機械です。 Sさんが操作されていたのと同じ機械かどうか、定かではありませんが、例えば、次の写真

http://www.kawasaki-kiko.co.jp/chaen/pdf/KJ2.pdf

機械の運転台の横についているレバーを押し続けると、お茶の木を刈って行くことができるそうで、「茶刈機」というそうです。

ここまで来て、私の反省点は、基本に忠実ということ。私自身も時々操法テキストを読んで勉強しています。「いいことが書いてあるなあ」と自画自賛で感心しながら。

この場合は、「腕を見る時は、まず親指から」──これです。

これを忘れて遠回りをしてしまいました。でも、これはテキストに書いてなかったな。

筋肉が収縮するのに、「等尺性収縮」というのがあり、これは筋肉の長さが変わらず、力だけがかかるタイプの収縮です。

レバーを同じ位置で押し続けるような動作が、これに当たります。スマホをじっと持っているのも同じことで、筋肉の長さが変化する「等張性収縮」に較べて疲労が少ないわけではないようです。

スマホやタブレットをジッと持っていると腕が疲れてきませんか。どこの筋肉を使っているか、感じてみてください。スマホの場合は、親指を使って文字を打つという動作が加わりますから、さらに疲れがひどいかもしれません。

腕がだるい、腕が痛い、というような症状が出た時は、親指に注意です。筋肉が硬くなっている場所を探して、そこに愉気(反対側の手指を当てて)をしてください。

 

930 脚長が揃う 16/11/18

脚長(脚の長さ)が違うと色々不都合が出て来るかもしれません。ちょっと考えてみただけでも、歩きにくい。まっすぐに絶ちにくいといったことがありそうです。股関節の不都合もあるかもしれません。

脚長をどこからどこまでと考えるか、考え方によって違いがあるでしょうが、とりあえず、大転子のところから始まると考えれば解りやすいと思います。

大転子というのは、股関節の外側、大腿骨の角といえばいいか、骨盤に大腿骨が差し込んである場所といえばいいのか。要するに、股関節の横あたりにぐりぐりの骨の突起が感じられます。と言っても、腸骨(こしぼね)のことではないので、お間違えのないように。

もっと、ずっと下、股関節の横です。。この位置は、手との相応関係でいえば、どこになるのかというと、小指の中手骨骨頭の側面です。わかりやすく言うと、手の小指の手前にある長い骨の付け根の側面。これが大転子に相応します。

この点に軽い刺激を入れると、大転子が変化し、脚長も変化するということです。

さて、それでは始めましょう。

初めに左右の内果(うちくるぶし)の位置で、脚の長さを較べてみます。仮に右が長く、左が短いと仮定しましょう。もちろん逆の人もいます。

こういう場合、小指の中手骨の骨頭側面を、右は手前方向、左は足先方向に撫でて、しばらく、そのまま受け手に寝ておいてもらいます。

すると、受け手の内部感覚で右脚が伸びる感覚があって、数分してから見てみますと、両足の長さが揃っています。そんなばかなことがあるはずがない、と思う人は、実際にご自分の脚で試してご覧になればよいでしょう。

今まで色々な人で試してみましたが、全然動かなかったのは、ご老体のみで、大抵の人は、脚長が揃って、立ち上がった時に、「違いますね」「あっ長くなった」などとおっしゃいます。

もっとも何にでも例外はあるもので、股関節に人工関節が入っている人の場合は、左右の脚長が違う状態でバランスをとっているらしく、脚長が揃うと却ってあるきにくくなった人もいると試してみた人から聞きました。でも、これも慣れの問題かもしれません。

教室で、この実習をしている時に、片方をどんどん伸ばしたら、どうなるかしら、などと奇抜なことを考えていた人もあるようですが、心配しなくても、そういう摩訶不思議なことは起こりません。

多分、関節のアソビの部分で縮んでいたところが伸びるのでしょう。決して必要以上に伸びるような奇妙なことはありませんので、ご心配なく。

また操法を間違えた時とか、逆にしてみたいという時は、操法を逆にすればいいだけのことですから、言ってみれば、脚長を自由に揃えることができるわけです。

脚長が大きく違う人の場合は、うまく行かないでしょうが、少しばかりの足底板で調節するような厄介なことをしなくてもよくなれば、脚の不自由で困っている人にとっては朗報になるかな。色々お試しください。

不都合や、すばらしい成果などありましたら、お知らせくださると、さいわい。

 

929 鼻の穴と腸骨の捻れ  16/11/14

奇妙な題名ですので、果たして何の話だろうと訝しく思われた方も多いと推察します。からだほぐし教室での話題。

いつもの参加者Mさんが両目の見え方が違うとおっしゃる。そこで、ちょっとやってみましょう、と目の調整にかかったのですが、片方が近視、片方が老眼だったか遠視だったか、とかという珍しい状態で、うまく行きません。目の問題は、足指に目のツボがあることからしても、足に原因があるのではないか、と考えました。そこで操法をしているところを枕元から、足元に変更しました。

そこから見ると、両方の鼻の穴の大きさが違います。鼻の穴の大きさを指摘されると、恥ずかしいという人が多いですが、これはなぜなのでしょう。顔の真ん中についていて、皆が人前にさらしているものなのに。

「鼻の穴の大きさが違うので、揃えてみます」と言ったものの、さて、どこから取り掛かるのか。足元から見ると、からだのあちこちの左右差がよく見えます。骨盤のところを見ると左右の上前腸骨棘(じょうぜんちょうこつきょく、ASIS、腰骨の前の出っ張り)の高さ(床からの高さ)が違います。腸骨がねじれている。

他に大きな歪みは見当たらず、どうやらこれが原因らしい。Mさんは「何か恥ずかしいな」とか呟いていらっしゃるようですが、構わず、腸骨ねじれの調整に取り掛かります。と言っても難しいことをするわけではありません。両手の甲の有鉤骨(ゆうこうこつ、薬指の中手骨の付け根あたりにある小さな骨)の前後に指を当ててじっとしているだけです(詳しい操法は共鳴法教本 http://shugeitei.com/stext.html などを参照してください)。

やがて腸骨の両端が揃ってきました。鼻の穴を見ると、左右の大きさが揃ってきています。なぜかは分かりません。確かなことは、腸骨のねじれが解消すると、からだのあちこちに繋がって存在している歪みやねじれが解消していくことです。

 

922 体軸操法 16/10/6

今回は、バイク同士の衝突事故です。Aさんという30代初めの女性。ヘルメットをしっかり付けていなかったので、衝突の瞬間に紐がはずれて、後頭部を打ったそうです。それで意識不明となり、当時の状況はしっかし覚えていないという。

朱鯨亭に来られた時は、事故から1ヶ月ほど経っていました。それでもなお、あちこちに痛みがあり、メモを取りながら、あまりに異状箇所が多いので、それらに赤線を引いて異状箇所の和を数えたほどでした。肩・肘・膝など計10箇所。

これだけあれば、一つ一つ対応していれば、かなりの時間がかかるばかりで、効率がよくない。そこで、例によって「体軸操法」から始めることにしました。その途中、ところどころで、部分操法を挟むこともしたのですが、おおよそは体軸操法のみで、殆どの痛みが消失したようです。後は、ご自分で「体軸操法」をやってもらうことにしました。

基本は操体法の一種ですから、自分ひとりでもやることは可能です。この方とは別の方で、すこし以前、大変な遠隔地から来られた方から電話で、また戻ってしまったという嘆きを聞き、操法を全部説明して、自宅でご自分でやってもらったことがありますが、その後、連絡がないので、少しずつその方は改善していると思われます。

なぜ、これほどよく効くのか私にも分かりませんが、ともかく効果が高いのは事実ですので、今後、セミナー・講座などで詳しくご紹介したいと思っています。で、前にも書いたこどですが、事故の後、苦しんでいる人は、どこかで操法をただちに受けた方がよい。交通事故の被害者は大変な数のはずですが、そうした方々が碌なアフターケアを受けずに、そのまま苦しんでいるとすると、大変な損失です。

あまり痛くないから、と言ってそのままにしていると、内臓病などの形で後日あらわれる可能性があります。おおよそでもいいから、大きな歪みを修正しておくに越したことはありません。今後、セルフ整体教室などで、継続的に取り上げる予定ですから、どうぞ、ご参加ください。

909 『ねじれとゆがみ』 2016/8/2

 『ねじれとゆがみ――毎日すっきりセルフ整体教室』

出版社:晶文社、定価:1800+税、ソフトカバー。

このメルマガと同じく、アマチュアだけれど、自分でやれることをやって見たいという人、いま整体など関連の技術を勉強中で、今後の進め方の参考にしたい人を対象にしています。

そこで、整体の考え方・からだの見方を中心に据えて、その流れの中で、役立つ操法を紹介していくという構成です。

言葉遣いは、私が講座でしゃべっているような雰囲気が出るように工夫してみました。HPの記事がもとになっているので、皆さんおなじみの部分が登場するかもしれません。

従って遠隔地の方で、奈良まで行くのは無理という方でも、講座を受けているような感じで読み進めていただけると思います。

すでに操法テキストをお読みの方は、操法は、よくわかったが、全身のつながりが分かりにくいと感じていらっしゃる方もあるでしょう。そのあたりの記事が大きな部分をなしています。

練達のイラストレーターが分かりやすい図を描いてくださったので、たいへん充実したものに仕上がりました。

晶文社のサイトには、内容紹介もあります。
http://www.shobunsha.co.jp/?p=4036

アマゾンでもすでに表示されています。
https://www.amazon.co.jp/dp/4794969325/

ここで先行予約が可能ですので、よろしければどうぞ。