ヒメユズリハ

第1100号 2019年7月1日
▼  ヒメユズリハ

「ユズリハ」は正月のお飾りに使うので、ご存じの方も多いでしょうが、ヒメユズリハと言われても、どんな植物なのか想像もつかない、という方が多いと思います。

確かに、どこにでも生えている木ではありませんが、画像検索をしてみられるとどんな木なのか、分かる方もいらっしゃるでしょう。海岸近くに生えていることが多いそうです。

東京のどこかに、ヒメユズリハが街路樹として植わっているところもあるらしい。

私はUR都市機構の団地2階に住んでおります。敷地内の樹木には、それぞれネーム・プレートが付けてあります。

植物を担当したデザイナー(というのかどうか)は、随分と樹木のことに詳しい人だったようで、珍しい木まで植え込んであって、住人としてはまことにありがたい。

例えば、「何じゃもんじゃの木」(ヒトツバタゴ)までありますね。そうした木々の一つがヒメユズリハというわけです。

いつか、このメルマガでも書いたことがあるように毎朝、私は樹功をしています。
はじめはケヤキの大木にもたれていたのですが効果がイマイチ。何かいい木はないかな、と探していた時に、たまたまこのヒメユズリハに行き当たり、それ以来ずっとこの木に毎朝、ご挨拶をしているようなわけです。

何がそんなに気にいったのか。幹の両側に掌をかざして樹功をするのですが、そうしていると、掌にびりびりとした感覚がありました。まるで静電気を浴びているような感覚といいましょうか、磁気の感覚といいましょうか、そういう感覚でした。

これはケヤキには決してない感覚です。

その後、ずっとこれを続けています。すると、他の感覚もえられるようになって来た。
まず、木の前にいる時に、木の向こう側が透けてみえています。葉っぱと葉っぱの間、あるいは枝と枝の間に、光の粒が飛び交っているのが見えるようになりました。

これは、青空をバックにして、両手をかざすと両手のあいだを光の粒が行き交うのが見えます。この感覚と同じです。つまり、木のエネルギーが光の粒になって動いているのでしょう。

もう一つ、ちかごろ感じるようになって来たのは、木に掌をかざしていると、胸のハート・チャクラの辺り(中丹田)が暖かくなってくることです。

なぜ、この木、つまりヒメユズリハの木がさほどの強いエネルギーを発しているのか。その原因は不明です。しかし一つ考えられるのは、この木には毒性があることではないか。葉や実に毒性の物質アルカロイドが含まれているらしい。

ネットの記事を読んでみますと、牛が誤って食べてしまったため、事故を起こした事例が報告されています。

しかし、毒草トリカブトの根が、「附子(ぶし)」として漢方の生薬として使われていることを考えてみれば、毒と薬とは紙一重。

先日も、「当帰」と「芍薬」を栽培しているという農家の男性が来られたことがありますが、そのせいなのか、顔色が赤かった。

そんなことがこの木のエネルギーを発している事情に結びついているように思えます。

あるとき、ヒメユズリハの話をお客様にしたところ、西宮にヒメユズリハの樹林のある神社があると話してくださった。

さっそく2度も、そこに出かけていきました。西宮市甑町の越木岩神社です。ずいぶん行くのに不便なところです。しかし行ってみると、深い社叢があり、確かにヒメユズリハの木が多数茂っていました。

その後、講座の卒業生が連名で、ヒメユズリハのひょろっとした苗木を朱鯨亭の通路に植え込んでくれた。今はすっかり元気になってしっかり根付いています。

朱鯨亭に来られた時には、通路の脇に生えているヒメユズリハに手をかざしてみてください。ほの暖かく、私がエネルギーという所以を理解されることでしょう。

朱鯨亭 http://shugeitei.com

1050 体軸操法 2.0

第1050号  ’18年8月26日
▼ 体軸操法 2.0

以前に体軸操法というものをご紹介しました。基本は変わらないながら、そのバージョン・アップ版を。つまり、体軸操法のバージョン 2.0。

最近、なんとか2.0というのが増えていますから、それをやってみようという魂胆でもあります。

簡単に肩こり操法と呼んでもいいと思います。肩こりより深い「首こり」と呼ぶのが適当な、厄介な肩こりが増えていると感じています。おそらく PC やスマホの作業が増えているからなのでしょう。

肩こりというより、首こりといった方がよい。常に首が調子が悪いと嘆いているあなた。そう、誰か他人の話ではなく、あなたのことです。電車に乗ったら、直ちにスマホを開いてタップしたり、スライドしたりしているのではありませんか。

おそらくそれが原因なのではないか、と思われるコリを肩や首のあたりに溜めている人が増えている感じがしています。誰か他人の話ではなく、あなたの話です。かく言う私も、スマホ・デビューしてしまいまして、しまった止めとけばよかったと後悔している次第。

すると自分の凝りに対応せざるを得なくなりました。首が凝っているのは、実に気分の悪いもので、すぐになんとかしたいと感じます。とはいえ、首の骨をいじりまわるのは怖いし。どうすべえ、と思っていたのですが、何とかなりそうな見通しが立ったので、ご紹介しようと。

まず、体軸操法 1.0 は、どんなものか。→ https://shugeitei.wordpress.com/2017/02/07/inbox-shugeiteigmail-com/ ここには詳しく書いていないので、かいつまんでまとめてみましょう。

頸の左右どちらかが痛いとしましょう。特に首を左右に回旋しようとすると、痛くて回らない、などの症状があるとしましょう。例えば左側が痛い、とします。

仰向けに寝ます。両脚は大股開きにする。左側が痛い場合、左脚を内側へ息を吸いながら捻じります。ある程度捻じったところで、パッと息を吐いて、足を緩める。これを3回繰り返す。今度は、両脚を少し狭めた状態で、同じことをやる。最後にさらに狭めて、同じことを3回。

それで首の回旋をしてみると、楽になっています。痛かった右より楽になっていることもあります。

ところで、体軸操法 2.0 とはなにか。上にまとめたものをもっと簡単にしたものです。

この場合の脚の開きとはなにか。脚の開きが大きいと下の方に効きます。開きが小さいと上の方に効きます。なぜかといえば、両脚のラインを上の方へ延長して考えると、開きが大きいときは、2本のラインの交点が上の方に来ますね。その交点のあたりに効果が出るわけです。

というわけで、首に効かそうとすれば、開きの角度を小さくすればよい。

ですから、2.0では、開きの角度を変えて何度もやらなくても、小さい角度で3回ほど繰り返せば効果がでます。

例えば、電車の中でスマホをやっていて、首が痛くなってきた。さあ、えらいことになって来た。と思えば、両脚の開きの角度を小さくして、痛みのある方だけ、3回繰り返すと、痛みが消える、というわけです。

簡単でしょう。

頸が痛いのではなく、胸椎のあたりが痛いのなら、もう少し開き加減でやればよい。

痛みのある側だけやると、反対側が却って痛くなったりすることがあります。それを避けようとすれば、両脚を同時に、痛い側だけ少し大きめにやればよい。

ただし、あまり何度も繰り返さないこと。何度もやると、変なところを傷めますから、要注意。なにごとも過ぎたるは及ばざるがごとし。

以上ですが、これでは少しわかりにくいという方は、朱鯨亭の教室に出かけてください。詳しく実演してみせますから。

1044 春風体操その後

第1044号  ’18年7月11日
▼ はるかぜ体操その後

前回、5番の体操で、腰に痛みが出る人がある、という注を付けたのですが、案の定、そういう人が本日来られました。

骨盤に歪みがあると、どうしてもここで痛みが出てしまう。骨盤の捻れている人です。そういう人の場合は、捻じれを直してから体操をするようにしないと痛みが出るでしょう。

そういう問題が、この体操には付きまとう。で、こういう問題は、どんな体操にもあるのではないか。

人それぞれに身体の構造や、骨格の在り方は違っていて、万人に普遍妥当する、万能の体操などありえません。

ところが色々な書籍や雑誌やDVDなどで、色々な体操が紹介され、いかにも万能の体操であるかのように宣伝されています。

そのため、時々、言われた体操をしたら、却って痛くなったと訴えてくる人が絶えません。どの体操は良くない、などという声を聞くことが度々あります。

つまり身体という物質の構造は、各人によって少しずつ違っていて、その人に合わせた体操なり、操法なりが必要なはずです。

ところが、私自身が春風体操をした後に、背骨のところのエネルギー状態を(【探索シート】というものを使って)調べてみると、する前に比べてエネルギー状態が明らかに改善しているのです。

そう思って考えてみると、気功の世界に両腕を身体の両側で振って回すスワイショウという体操がありますね。前後に振るものもありますが、体側の周りに回す種類のスワイショウもあります。

つまり、「気」の在り方を改善させる時には、このような回す動きが有効なのではないだろうか。

ヒーリングの世界で、例えばバーバラ・アン・ブレナン(1939- )というアメリカのヒーラーは、『光の手』 という本の中で、身体の周りを取り巻いているエネルギーの図を描いています。

哲学の世界でも、オーストリアのルドルフ・シュタイナー(1861-1925) は、物質体とエネルギー体という身体の二重性をとり上げています。

こういう見方からすれば、春風体操は、物質体の動きとしては問題があるが、エネルギー体の動きとしては優れたところがあるということになるのかもしれません。

次号以下で、この点をもう少し掘り下げてみたいと思います。特に【探索シート】というものは、気の世界の状態を、物質の世界に投影してみることができる優れものですから、これについても触れます。

1043 春風体操

第1043号  ’18年6月27日
▼ 春風体操

「春風体操」というものを考えました。もちろん、こんな名前でネットを検索しても、何も出てきません。以前に「春風操法」というものを考案しましたが、その体操バージョンとでもいうべきものです。

では「春風操法」というのは何か。これは数年前にからだほぐし教室で行ったもので、その時、気持ちの良い春風が吹いていたので、そう呼んでみたというだけです。

この「春風操法」も一部に含んでいますが、一応は別物。それでは説明して参ります。

注意:首は回さないこと。

まず仰臥。一番の体操。踵を支点にして足首を左右に動かし(回旋)します。10回。(左1回、右1回と数えて、以下同様)

次、二番の体操。踵を少し手前に引いて、膝を立て、足首を左右に動かし(回旋)します。10回。

三番。膝を高く上げ、左右に倒します。無理に床に付けなくて結構です。10回。

四番。膝を立て、脚を十分引いて左右に倒す。10回。

五番。膝抱えをして、腰を左右に動かす。10回。痛みの出る人については、後述。

六番。以下、正坐して行う。腰骨のところに手を当てて、腰を左右に回転させる。10回。

七番。以下、正坐で行うのは同じ。手の位置を少しずつ上げて行きます。まずは肋骨の下辺あたり。

八番~十番。手の位置を肋骨の真ん中、胸のあたり、上胸部、とすすめる。

十一番。手の平を脇の前に当てて、同様に回転。

以上で体操は終わり。次に春風操法に移る。手の平の両外側、小指の先から始め、手首のところまでなでおろす。

このまま上向きに仰臥。十一分間静臥する。正中線がまっすぐ通るように注意。

これでおしまい。終わったら立位前屈をしてみると、かなり改善していることが分かる。

(五番で痛みの出る人は、骨盤が真ん中にない、またはこれまでしばしば横すわりをしてきた、などの人ですから、横すわりや脚組を止めれば痛みがでなくなるはずです)。教室に来ていただければ、その他の対策をお知らせします。

  * *

文章だけでは分かりにくいという人は、朱鯨亭に来てください。からだほぐし教室、セルフ整体教室など、皆で一緒にやります。

立位前屈だけでなく、その他の動きも、それぞれ改善しているでしょう。例えば首の動き。

要するに背中の動き、硬さの改善体操です。十一分静臥するのが大切。これによって、体操の結果が安定する。背中の硬さ、肩のこりなど感じている人は、整体院・マッサージなどに通う必要がなくなります。全部やっても20分程度で終わるでしょう。どこかへ行く手間も省ける。お金も一切かかりません。

不眠の方は、これをした後、そのまま寝てしまってもよろしい。よく眠れるようになっているはずです。血圧も少しずつ下がって行くことでしょう。

今後は、これでは解決しない人だけ朱鯨亭に通ってください。普段からこれをやって下されば、そのほかの問題も解決しやすくなると思います。

1021 樹功その後

第1021号  2018年3月29日
▼ 樹功その後

以前に「樹功」という項目を書きました。その後の変化など、樹功に関するもろもろをまとめておきたいと思います。なぜこんなことを書くのかといえば、続けてやってみて、私の体調が大きく変って来たからです。

ですから、操法を受けに来られた人たちにも、ぜひ樹功をするようにと、お勧めしています。

樹功については、色々なご意見・ご感想を寄せていただきました。樹功という言葉を検索してみたが出て来ない、というご意見。それもそのはず。「樹功」というのは私が勝手に作った言葉だからです。

普通にはどういうか。「樹林気功」という言葉があります。これは藤田雅子さんという三重県在住の女性が熱心にやっておられるようで、藤田雅子 『やさしい樹林気功』 (全国林業改良普及協会)という本も出ています。

この藤田さんの師匠は、今田求仁生(くにお)さんという「哲学医」ともいうべき人で、あるネットの記事によれば、気功の世界に大きな影響を与えた方だとか。つぎのところに記事があります。⇒ http://taichi-psycho.cocolog-nifty.com/adler/2009/05/post-a83e.html

さて樹功について書くと言って始めたのですけれど、それほど私自身が樹林気功に親しんでいるのか、と言えば、毎朝のように飽きもせず、自宅近くの樹に凭(もた)れに出るということを繰り返しているだけです。

樹林気功をしているのか、と問われれば、それは違うと答えることになるでしょう。だから「樹功」という別の言葉で表すのがいい、と思っています。なにしろ毎朝、樹林気功ができるような贅沢な場所に住んでいないということもあります。

やり方はどうするのか。できれば一抱えほどの太い大木がいいですが、そういう木を探し出して、その木に凭れる。そうして2分から3分ほどジッとしている。簡単にいえば、それだけのことです。

ですから何の難しいこともない。ただやってみるかどうかが大切で、照れくさいなどと言って、やらなければ何事も始まりません。とはいえ、ただ一回やるだけでは、何も分からないのも事実。やはり何度か繰り返してやっているうちに、何か変ってきたな、と感じる時がくるはずです。

「樹功」という記事を書いたのは昨年5月24日(第974号)ですから、私はすでに一年近くやっていることになります。雨などの理由で時々休みにすることもありますが、たいてい毎日欠かさず木のところに出かけます。日の出の頃がいちばん気持ちがいいですから、今は、6時半くらいの時刻です。(東に高円山があるので、日の出が少し遅い)

どんな木に凭れに行くのか。冬の間は、常緑のアラカシの木を選んでいました。今日は久しぶりに一抱えに余るケヤキの木を訪れてみると、枝に葉っぱはありませんが、すでに葉を付ける準備が整っていると見えて、凭れただけで、背骨のところがポカポカと暖かくなりました。

ですから、どの木がいい、と決めつけるのでなく、季節ごとの状況に応じて、よさそうな木を選べばいいと思います。人を選ぶのと同じで、人と木の間にも相性があるようです。

その結果、何が変ってきたのか、といえば、まず体が暖かくなった、全身の気のめぐりがよくなった、色々なことを楽しんで出来るようになった、繊細な感覚まで感じるようになった。そんなところでしょうか。操法家としては、気のめぐりを感じるようになったのは、大きな強みになると思います。

ですから、この方法は、施術家の皆さんにまっさきにお勧めしたいと思っています。きっと何かが変ってくることでしょう。

1016 ぐっすり眠れるようになる方法

第1016号  2018年1月30日
▼ ぐっすり眠れるようになる方法

表題のような名前の本が出ています。試してみると、確かに眠れる。何人かに試してもらったところ、やはり効果があったようです。

白濱龍太郎
『だれでも簡単にぐっすり眠れるようになる方法』
(アスコム、2017年9月)

3ステップの体操をすることになっていますが、私がやってみて一番効果が上がると感じられたのは、次の体操。

本書ではシャワーによる説明になっていますが、冬のことですから、風呂につかってやればいいと思います。両手の指を組んで、後頭部に当てる。親指が下。風呂に首までつかっていますから、湯が親指につきます。その状態で、首筋を上下に撫でる。約1分間。ごしごしとやらないこと。軽く。軽く。これだけでも効果があるはずです。

この後、2ステップ、3ステップの体操がありますが、これについては本書をお読みください。内緒でいいますが、立ち読みでも十分だと思います。

これまでこの種の本は、色々理屈を書いてあるけれど、さっぱり眠れるようにならないという特徴がありました。睡眠薬のお世話になっているという人をたびたび見掛けます。この体操でぜひ薬を飲まずに眠れるようになってください。

1009 『気功』

第1009号  2017年12月26日
▼ 『気功』

最近、近鉄奈良駅前の古書店・F堂で、優れた本を見つけました。

廖赤虹(りょうせきこう)・廖赤陽(りょうせきよう)
『気功 ── その思想と実践』
(春秋社、1998)

昔話になりますが、若い頃、一時「気功」に凝っていた時期がありました。例によって独学で、気功の独学というのは危険性を伴うと思いますが、ともかく色々と試していました。

その頃、『気功の何々』 とか、『何々気功法』 などと銘打った本をずいぶん買い込んで読みましたが、どれを読んでも不満感がつきまといました。

どの本も、気功のやり方が色々書いてあるのですけれど、何をすることが気功なのか、という肝心の一点について何も書いていないということに不満だったわけです。

要するに「気功」とは何かを詳しく教えてくれるような本がなかったということです。ということは、書いている人も気功とは何かを十分理解していないのではないか、と思われました。

その後、私は操法に転じまして、「気功」のことは放置していた。というか、脇に置いていました。

そうやって私が気功から離れている時期に、上記の本が出ていたわけです。

その表紙をみた記憶はあるものの、中国の人の著作だということもあって、また例のとおりの気功本の一つだろうと手にとってみることもなかった。

ところが例によってF堂で、この本が売られているのを見つけ、中味をぱらぱらと読んでみて、驚いた。

これは自分がいまやろうとしていることと結びつきの深い本だと気づいたわけです。

昨年出版した 『ねじれとゆがみ』 の「あとがき」にも書いたように、何冊かの本が、私の人生の大きな転機となったごとく、この本も大切な本の一冊になりそうだという予感がしました。

話は少しそれますが、私が本を選ぶ時の方法をお話しておきましょう。

まず表紙・裏表紙をよくみる。これは誰でもやられていることでしょう。装丁や帯の文章などをよく見る。

帯は出版社が販売促進のためにつけるもので、いわば宣伝文句です。そこにどんなことが書かれているかで、売れ行きがずいぶん違ってくるでしょうから、どの出版社も力を入れるところでしょう。

古本の値段が帯のあるなしで違うというのも奇妙な商習慣ですけれど、それが現実というもの。

次に目次をずっと眺めてみます。自分の興味を唆る項目があれば、その項目を開いて読んでみます。1項目で納得が行かなければ、他の項目も開いて読んでみます。

それで大抵は、著者の力量が分かるものです。

帯の裏表紙のところに次のように書かれています。

── ・・・それぞれの本は大量の練習方法を紹介しているが、気功練習の行き着く先がどこあるのか、ほとんど示されていない。練習者はたくさんの入門方法を覚えたが、気功の門がどこにあるのかさえ分からないという状況である。・・・今度の本が、練習方法の紹介ではなく、方向性を示すものである理由は、まさにここにある。

気功の門を叩こうとした人なら、これを読んで膝を叩くに違いありません。「気功」という言葉を「操法」に置き換えても同じようなことが言えそうです。

というわけで、私はこの本を読んで大きな恩恵を受け取りました。それはこの本の一番おいしいところなので、ここでは紹介しませんが、「気」ということに関心のある人は、手にとって見られることをお勧めします。