940 けいぶん社

第940号 2016年12月25日
▼ けいぶん社

先日来られた若い女性Aさんが、『ねじれとゆがみ』が京都・一乗寺の「けいぶん社」にありました、と言って、写真を送ってくださいました。見慣れない本たちの間に私の本がおいてあって、不思議な空間だな、と感じ入ったのでした。

その3日後、今度は京都の女性が来られた。京都のどこにお住まいですか、と尋ねると一乗寺だという。

── 一乗寺といえば、叡電の駅から少し西に行ったところに「けいぶん社」という本屋さんがありませんか? と私。

── ええ、あります。そこで『ねじれとゆがみ』を見つけて読みました。それで予約を入れたんです。

── あ、そんなことってあるんですね。3日ほど前に、そこの写真を送ってくれた人がいたんですよ。シンクロ(シンクロニシティ=共時性)ですね。

──はい。

──いちど行ってみたい。

で、一昨日、カミサンと一緒に行って来たんです。

「けいぶん社」は漢字なら「恵文社」ですが、看板はあくまで「けいぶん社」。わざわざ「ひらがな」というところに、この書店の考えが示されているんでしょう。

ドアを開けて中に入ると、本屋の空気とは違って、オブジェたちが並んでいるのを感じる。その空気に圧倒される感じ。

実際、本だけでなく、文房具や布製品・陶器のようなオブジェもたくさん並べられています。もちろんそれも商品ですから、オブジェというのは正しくない。結構な値がついています。

本の並べ方が尋常ではない。普通なら叢書やシリーズはまとめておいてあるものですが、ここでは、そういう本の大きさやシリーズや、という外面的なことは一切無視され、もっぱら中身の関連だけで本が並んでいる。大型本のとなりに文庫本があったりするわけです。

だから、こういうディスプレイができるためには、本の中身についてのかなりな知識が必要になります。どう考えても、私にはこんな芸当はできない、と思える。

ここの店員さん(あるいは店主さん)は、本についての広範な知識を持っていることが伺えるんですね。それも偏ったジャンルだけならいざしらず、すべての本についてやるとなると、言ってみれば、文化全体についての教養がなければ無理ですね、これは。ただごとではない。

表面的に真似のできる人がいても、ここまで広範にできる人は、そうそういるまいと思えます。

奥のレジにいる女性がどうやら店主であるらしく見えます。50代? ベレーを被って、しきりに新しい本を入れている様子。

私の方は、店内のあちこちを巡って、本の並び方を見てまわりました。講談社文芸文庫の鈴木大拙訳・スエデンボルグ『天界と地獄』が目に止まった。

これ、先日のメールを下さったAさんに、こういう本がありますよと紹介したものですが、私が読んだのは古い抄訳です。鈴木大拙訳は読んでいません。

鈴木大拙という禅の世界的大家と、神秘家スエデンボルグというミスマッチが面白く気になっていた本です。(訳文は文語文で、決して読みやすい本ではないので、推薦はしません)

『天界と地獄』は、けいぶん社にある本たちの中でも、私にはひときわ光輝く本に見える。といって他の本に光が見えないというのではありません。読みたくなるような本がいっぱいあって目移りしてしまいます。

しかし買って帰るとすれば、この本だな、と見当を付けます。

さきほどの女性の様子を伺うと、『ねじれとゆがみ』が置いてある辺りで、本の位置を変更している。どの本とどの本をとなり合わせるか、というのにも、この人の直感が働いているらしい。操法にも直感が必要ですが、ここでもまた。

頃合いを見計らって、レジのところへ進み、『天界と地獄』を差し出しました。

── 私、あそこにある『ねじれとゆがみ』の著者なんです。(なんとヘタクソな自己紹介だ、と思いながら)頭を下げる。

── あ、と一瞬間があって、向こうも頭を下げられた。

──昨日のお客様がこちらであの本を求めて、予約を入れて来られたので、嬉しくて来てしまいました。

── さきほどのお客様も、こんな本が欲しかったとおっしゃって買って行かれました。・・私も肩がこってまして。

── 本は重いので、本屋さんは大変のようですね。どの辺りの具合が悪いのでしょう。

── この左側の首の周りが。

──はあ、それは腰ですね。腰がねじれて、背中から引っ張っているんでしょう。・・・少しやって見ましょうか。と、この人の腰の後ろに手を触れてみると、案の定、右が後ろ、左が前に仙骨が回旋しています。

女性の手の甲を拝借して(というのもおかしいが)、仙骨の対応点(つまり有頭骨)を、右手はぐっと押す。左手は「出てきなさい」と撫で撫でする。

── 何だか、ちょっと変って来ました。

── どこが変ってきましたか。

── この辺が緩んできました、と首のあたりを押える。

── なるほど。

── あっ、視界が明るくなってきました。

この光溢れる空間が、これ以上明るくなったら眩しく感じるのではなかろうか。

というわけで、次に会計を待つ人に場所を譲って、カミサンと一緒に表にでました。表の街路は、細かい雨で濡れていました。

お客さんの入りは、結構な数。奥の方は、まっすぐに進むのが難しいほど人が入っていました。殆どが女性です。今日は祝日なのになぜ男は来ないのか。いま文化をになっているのは主に女性なんじゃないだろうか。操法を習いに来る人も、このごろは女性の方が多い。
おとこは疲れ切っているのだろうか。

このお客の入りは、営業が難しい業種で、人通りの少ない立地でも、工夫しだいで繁盛店としてやって行けることを如実に示しています。

いろいろなことを学ばせてもらいました。女性たちを吸引する力のある素晴らしい空間。お勧めです。京都一乗寺、けいぶん社。

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