932 健康不安ということ

「健康不安」 とでも呼ぶより仕方のない事例を最近いくつか経験しましたので、それについて。ただし特定の個人の事例を対象にしたものではなく、私が日頃から感じていることを書いたものです。

『不安な心の癒し方──あなたの悩みを解消する7つの認知療法』 (ロバート・リーヒ著、アスペクト) という本があり、それから引用します。(この本を推薦したいわけではなく、実例の一つとして取り上げるだけです)

シルビアという女性の例が取り上げられています。

──三週間ごとに医師の診察を受けているが、どこも悪いところが見つからない。インターネットで医学関係のサイトをあちこち見ては、あらゆるタイプの癌や、まれな病気について調べているという。

そこに書いてある、吐き気、めまいなどの症状が自分の体の不調と同じなので、癌や脳腫瘍といった恐ろしい病気の徴候だと彼女は思っているのだ。

内科、婦人科をはじめ、さまざまな専門医のところに定期的に通い、おびただしい数の検査を受けたが、いずれも結果は異常なしだった。

それでもシルビアは納得しようとしない。家に帰ると、見落としたことがあるかもしれないと思い、「もしも間違いだったらどうしよう。先生はすべての検査をしたわけじゃないし、見つけられたはずの癌を見落としていたらどうしよう」と、あれこれ考えた。─(395ページ)

これは極端な事例でしょうが、似たような事例がこのシルビア以外にも増えているように感じられます。つまり、当人は、自分には 「体に異常があって困っている」 と思っているのに、操法をする立場から見れば、「異常があるという不安にさいなまれている」だけなのではないか、と思われるケースです。

初めは、背中が痛いとか、脚がしびれるとかの症状があった。そういった症状が長く続くと、これは何か重大な病気の兆候なのではないか、という思いがつのってくる。診察や検査を受けても、異常ありませんと取り合ってもらえない。

そのうちに、何もなくても手がしびれてきたり、どこかが痛くなるといった症状が出始める。こうなると、もういけません。体に痛みや痺れの根拠があれば、操法でそれを解決することが可能ですが、不安によって生まれている症状は、いくら操法をしたところで解決しません。それどころか、体にとって必要のない操作を加えているわけですから、却ってますますひどくなることもある。

最近、こんな症状(?)の人が増えている感じをもっています。どうしたらよいのか。「健康不安」ともいうべき不安が解消されればいいわけですけれど、社会全体に「健康不安」をあおる雰囲気があります。

健康雑誌は、どうすれば健康になるか、としつこく呼びかけていますし、テレビはサプリの広告に余念がない。健康の話題はテレビ番組や新聞の中心的な話題の一つになっています。

健康、健康と世の中全体が叫び声を上げていることが、健康不安を煽る結果になっていないでしょうか。

健康に関心のある人は、ますます不安に取り憑かれる、という悪循環になっているように思われます。しかも、はっきりとした不安としてあるというより、雰囲気としての不安になっていますから、どうしても不安として自覚されにくい。

そういう人が増えているように思われます。血液検査を受けて、どの項目かにH(高い)やL(低い)の記号がついていると、気になって仕方がない。

あるいは、殆どゆがみのない体なのに、私は歪んでいるように思うと訴えてくる人が多い。

最近、このような傾向が増えているように思っています。

「健康」というのは、血液検査の数値がすべて基準を満たしているとか、体に歪みがないとかではなく、本人が健康などということを考える必要がない、いいかえれば「健康不安」がない状態こそ、健康なのではないか、と私などは考えるのですが。

 

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